ネット配信のキーワードは「OPQR」

この1年もオンライン・ビデオの世界にはいろいろなことが起きました。このブログではアメリカとイギリスの状況を中心にそんな動きを紹介してきましたが、その中で映像のネット配信をビジネスとして成立させるために必要な要素としていくつかのキーワードが挙げられるのではないかと考えるようになりました。それらの頭文字を取ると「OPQR」。今日はそんな話をしてみたいと思います。

はじめは、「Openness (オープンであること)」
これには2つの意味があります。まず、クローズドなサービスではなくブロードバンドに接続している人であれば誰でも利用できるサービスであること。そして、自社のウェブサイトに来なければコンテンツが視聴できない「呼び寄せ型」のサービスではなく、ユーザーが集まる他のいろいろなウェブサイトやブログ上でも、またパソコン以外のデバイス(ケーブルテレビやゲーム機、携帯など)でも利用できる「追いかけ型」のサービスであることです。個人間のつながりからグループ間、組織間のそれに至るまでさまざまなレベルのネットワークが重層的に組み合わされているインターネットの特徴を最大限に生かすには、アクセスの間口を可能な限り広くする必要があります。特定の会社のサービスに加入している人や特定のデバイスを持つ人のみを対象にしたサービスよりも、ネットにつなげさえすれば誰でも使えるというサービスの方が発展性があるはずです。

次に、「Price (値段)」
英米の状況を見ていると、少なくともテレビ番組についてはネット配信の主流は完全に「広告付きの無料モデル」となりました。映画も含めた映像のネット配信ビジネス全体ということになるとiTunesNetflix*1といった強力な有料サービスももちろん存在しますが、iTunesの売り上げの大半は動画ではなく音楽が占めていると言われていますし(Silicon Alley Insiderの記事)、オンライン配信を大幅に強化しつつあるNetflixの動向には大いに気を配るべきとはいえ現時点でウェブ上で視聴できるのはこの会社が持つ総コンテンツの1/10程度に過ぎません。アメリカで1999年に設立され、LionsgateやMicrosoftなどのバックアップを受けながらハリウッド映画のダウンロードレンタル/販売を手掛けてきたネット配信の草分けであるCinemaNowが今年わずか300万ドル(3億円弱)で売却されてしまったこと(Varietyの記事)も、映像コンテンツのネット配信で有料モデルを採用することの難しさを示しています。もちろん無料で配信しただけで利益が上がるようになるなんて言うつもりはありませんし、特に景気が急降下し企業の広告出稿が減る中では広告に頼る事業モデルはこれから厳しさを増すかもしれません。でも、この1〜2年の動きを見る限り、映像のネット配信をビジネスとして行う上では無料モデルを念頭に置くべきだと感じます。

3番目は、「Quality (コンテンツの品質)」
2008年は、Youtubeの収益性が厳しく問われた年でした。オンラインビデオを提供するサイトの中で突出したアクセス数を誇るYoutubeですが、サービス開始から3年が経っても未だに採算がとれるビジネスモデルが見つかっていません。映画やテレビ番組などの「プレミアム・コンテンツ」のみを扱うHuluが今年3月に本サービスを開始し、アクセス数、(外部推測の)広告収入ともに順調に伸ばしていることから、Youtubeに対する事業面での見方がいっそう厳しくなりました。今のところ、無料で映像のネット配信を行うための収益源として確立しているのは広告モデルのみです。そして、広告を入れるためにはユーザーが作成したコンテンツよりもテレビ番組などプロが制作したコンテンツの方がスポンサーを惹きつけやすいということが明らかになってきました。UGCの中で広告を入れられるほど高品質な作品が限られていることに加えて、動画投稿サイトには著作権法に違反するコンテンツが少なからずアップされているというイメージの問題もあります。Youtubeが今年後半から映画やテレビ番組の配信に乗り出したことからも、映像のネット配信ビジネスでは「プレミアム・コンテンツ」をいかにして確保するのかという点が極めて重要だということが伺えます。

そして最後は、「Restriction (ユーザーへの制約)」
これは最初に挙げた"Opennness"とも関係する項目です。ネットの世界では、好きなコンテンツを好きな時に見るというアクセスの面だけでなく、気に入ったコンテンツをコピーしたり、友人に知らせたり、ファイルをアップしたりという点についても旧来のメディアと比べてユーザーの自由度が飛躍的に高まっています。そして、不法コピーなどの非合法な手段も含めれば、ユーザーのこうした"自由な行動"を企業側が完全に抑え込むのはまず不可能です。その中で合法的なサービスとしての映像ネット配信をビジネスとして成立させていくためには、アナログ時代のようにユーザーの行動を制約することのみを考えるのではなく、自らにとって決定的に重要なポイントにはきちんとしたプロテクションをかけた上で、その他の部分ではある程度ユーザーのコンテンツ利用に対するコントロールを認める必要があります。自社が提供するコンテンツへの地理的なアクセス範囲をどうするのか、そのコンテンツをユーザーがコピーしたり共有したりすることをどの程度認めるのか。これからは、ユーザーのコンテンツ利用に対する自由と制約のバランスをどのように取るのかという仕組み作りがネット配信事業者の業績に大きな影響を与えるようになるのではないかと思います。

ネット配信を行う上で大事な点はこの4つだけではないでしょうし、ここに書いたことを実現するのは決して容易いことではないということも理解しているつもりです。でも、これから各地で益々発展していくだろう映像のネット配信の世界では、さまざまな企業がサービスを競い合うようになるでしょう。その中で、上に挙げたようなポイント- Opennness, Price, Quality, Restriction - に十分な配慮をしてくれるサービスがどんどん出て来てくれればよいなと思います。

*1:アメリカ最大手のオンラインDVDレンタル会社。詳しくはウィキペディアの記事を参照。