経済危機と動画のネット配信ビジネス

Economistに、現在の経済危機がネット上のフリー・エコノミーに与える影響を分析する記事(The end of the free lunch―again)が出ていました。多少自分なりの解釈も込めて訳すと、大まかに次のようなことが書かれています。

「現在の経済危機により、ウェブ上で各種サービスを無料で提供するというビジネスモデルに無理があることが再び明らかになってきている。ドットコム・バブルの最中にもニュースや音楽、ネットへの高速接続などの無料サービスが数多く立ち上がったが、2001年のバブル崩壊とともに多くが立ち行かなくなった。彼らは有料モデルへの転換などを図ったが上手くいったところはほとんどなかった。ところが2004年にWeb2.0バブルが始まると、同じ事が再び起きた。前回の失敗は"ブロードバンド接続が普及していなかったからだ"という理由付けで片づけられるようになり、再びさまざまな無料サービスが現れ顧客獲得競争が始まったのだ。でも実際にこのモデルを上手く収益化に結びつけたのはGoogleぐらいで、MyspaceFacebookなど他の多くのサービスは利用者は集められてもお金が集められないままである。ネットの世界の特性を考えるとウェブ上の無料サービスというのは一定の合理性を持つ戦略ではあるが、不況により広告費も減る中、"利用者の数をまず増やせば、後になってからマネタイズの道が開けて来る"という収益モデルは大きな問題を抱えている。」

この記事で興味深かったのは、ドットコム・バブルの事例を引きながら
1.不況になると広告に頼る無料サービスから課金制の有料サービスへの転換が起きる
2.でも、そうして有料化されたサービスの多くは失敗する
という点が論じられていたことです。またその前段として、
3.この10年あまり、好況時にはさまざまな無料サービスがウェブ上で展開され、利便性を高めて利用者数の獲得を競い合ってきた
ことにも注目しなければなりません。

例えば、広告費が急減しているアメリカの新聞業界を救うためにはネット上に公開している記事を有料化するしかないといった主張(TIMEの記事などを参照)は、まさに上の1と同じ構図のように見えます。もし本当にそうなったとして上手くいくのかどうかはわかりませんが、上記2にある通り、無料サービスとして多くのユーザーを惹きつけたものが有料化されてすんなりと受け入れられるとは思えません。有料化によりサービスに大きな付加価値が付けられるのであればそれを歓迎する人もいるでしょうが、無料サービス時代でもすでにさまざまな利便性の向上が図られていますから(上記3)*1、有料にすることでどれ程のプレミアム感が打ち出せるのかは定かでありません。

一方、テレビ番組のネット配信などを考えると、不況だからといって無料配信サイトが突然有料化するといったことは、少なくとも今のところは起こらないでしょう。もともと地上波テレビは無料放送なので、ネットで配信するから有料にしますと簡単に言うわけにもいきません。また、ネット上では海賊版のコンテンツも出回っているので、ユーザーをそちらに行かせないためにも合法的なネット配信を無料で行う必要があるとも考えられます。もちろんiTunesAmazonNetflixなどを通じた映画やテレビ番組の有料ネットレンタル/販売は行われていますが、これらはどちらかというとDVDに対応するネット上のサービスです。放送に対応するネット上のサービスとしての動画ストリーミングは、不況化とはいえ当面は広告付きの無料モデルが継続されていくはずです。

但し、不況は当然企業の広告費に影響します。全体の広告費が減少しますし、また出稿先の選別が厳しくなるでしょう。そしてこれらの状況は、ユーザーにとっては有り難くない変化を動画の無料ネット配信環境に与える可能性があります。

このブログでも昨年11月に経済危機と動画のネット配信ビジネスの関係についてのエントリーを書きましたが()、広告出稿先の選別が厳しくなった時に有利なのは、多くの利用者を抱えるとともに配信コンテンツの素性がしっかりしている(合法的に集められたプロ制作のコンテンツを流している)Huluのようなサイトです。また、経済状況が悪く新たなチャンスや収益源が見えない時には、企業は一般的に保守的になり既存ビジネスの保持を重視しますから、コンテンツビジネスにおいては不況は自社が持つ権利を利用して他社やユーザーの自由度を束縛するという動きを加速させます。つまり、近年ネット配信の世界で起きていた「コンテンツへのアクセスや共有に対するコントロール権をできるだけ*2ユーザーに移行する」という流れにブレーキがかかるということです。このどちらを取っても、小規模なサービス事業者や新規参入者などにとっては強い逆風となります。

ネット上で動画を見るユーザーにとって、無料であることはもちろん大きなポイントですが、それと同時に動画のラインナップや使いやすさ、検索の簡単さ、共有のしやすさなども非常に重要です。例えばBoxeeOVGuide, Blinkxといったスタート・アップ企業たちはそれぞれ独自のやり方でユーザー志向性の高いネット配信サービスを提供していますが、Huluがコンテンツ提供者からの圧力を受けてTV.comやBoxeeからのアクセスを遮断したことからもわかるように、主流のネット配信事業者はこうしたサービスへの態度を硬化させつつあります。

このように、不況下でも動画のネット配信では上に挙げた1と2のケースはあまり起こらないだろうけれど、3に関しては、「ユーザーの利便性を高めることで利用者数を増やして自社の収益にも結びつける」という姿勢からの後退が見られるのではないかという気がしています。このモデルはお互いが利益を得られるwin-winな関係を築こうとするものだっただけに、経済危機によりユーザーが求める動画配信サービスと主流企業が目指すサービスの方向性の間にずれが広がってしまうことを心配しています。

*1:新聞社のサイトであれば、人気記事のランキングが掲載されたり、読者が記事へのコメントを書き込めるようになったり、ワンクリックでその記事を友人と共有できるようにしたりといった機能が出来ています。

*2:ビジネスとして成立する範囲でということ。