ネット配信とケーブルテレビ

日本では、広告収入の急減に見舞われている民放の厳しい状況と比較したJ-COMの好調さ*1がしばしば語られています。でも、アメリカでは少し事情が違います。地上波のテレビネットワークに向けられる広告費はアメリカでも減っていますが、最近は「ケーブルや衛星放送などの有料放送は今後ネット配信の普及によりネガティブな影響を受けることになるのではないか」といった論調を見かけるようになってきました。あちらでは、必ずしもケーブルテレビなどの有料放送が"勝ち組"だとは考えられていないようです。

例えば、アメリカ最大のケーブル・オペレーター*2であるComcastは、2008年でケーブルテレビの契約数(Video Customers)が57.5万件、第4四半期だけで23.3万件減少しています(ComcastのEarnings Reportより)。全体で2400万件という巨大なケーブルTV加入者を抱えるComcastの規模からすればわずかな比率ですが*3、純粋に数として考えるとかなりの減少と言えるのではないかと思います。

Comcast側はその要因をAT&TやVerizonなどの通信事業者が提供するIPTVサービスとの競争が激化したためで、景気低迷やネット上で視聴できる動画の増加によるものではないとしています。でも、この話題を紹介するSilicon Alley Insiderの記事では、ケーブルテレビにかかる毎月80〜100ドルという費用が高すぎることに加えて、ケーブルテレビで見られる番組の多くが無料でネット配信されていることもその理由なのではないかと分析しています。そのあたりの感覚をうまく示した部分を引用します。

我々は20代か30代で、大都市に住んでいる。テレビ大好き人間という訳ではないし、家にもあまりいない。でもこれまではケーブルテレビのために毎月80ドルを払わなければいけなかった。それが今では、娯楽が欲しいときは、BoxeeやHuluのような無料サービスやNetflixのような安いサービスで十分満足できるのだ。

同様の見方は、Invester's Business DailyKiplinger's Personal Finance Magazineの記事でも掲載されています。前者では、Time Warner Cable(Comcastに次ぐアメリカ第2位)のCEOが「コード・カッティング (Cord Cutting)」、つまり顧客のケーブルTV離れが始まったという見方を示したことが紹介されています。

もっとも、いずれの記事も、アメリカでケーブルテレビの凋落が起きるだろうなんていうことは書かれていません。スポーツ中継などではネット配信されずケーブルテレビでないと見られないものも多いですし、アメリカは6割以上の世帯がケーブルを介してテレビを見るというケーブルTV大国です。現状ではネット配信されるコンテンツが視聴されるのは主にパソコンのスクリーン上ですから、テレビの画面にコンテンツを送り届けるという点では依然としてComcastなどのケーブル・オペレーターが絶大な力を握っているのは確かです。

でも、今後ネット配信されるコンテンツがテレビ上で気軽に視聴できるようになると、ケーブル・オペレーターのビジネスにもより大きな影響が出ることになるでしょう。これはケーブル・オペレーターだけでなく、彼らから加入者が毎月払う料金の分配を受けているCNNやESPNなどのケーブル・ネットワークにとっても言える話です。そして、たとえばアメリカを代表するメディア・コングロマリットのひとつであるNBC Universalの営業利益の6割が傘下のケーブル・ネットワーク(USA NetworkやMSNBCなど)から稼ぎだされているとされているように(Content Agendaの記事)、またその名の通りTime Warner Cableがタイム・ワーナーグループの一員であるように、ケーブルテレビのビジネスに悪影響が出るということは、企業グループとしてのアメリカ主要メディアの業績が大きな打撃を受けることに直結するのです*4

アメリカと日本ではネット配信されるコンテンツの質量も、ケーブルテレビ業界と地上波テレビ界の結びつきの強さも違いますから、ここに述べたことがそのまま日本にも当てはまるとは言えません。でも、ネット配信の広まりや今後起こるだろうネット対応テレビ*5の普及は、映像ビジネス全体に大きなインパクトを与える変化だという意識は持っておくべきなのではないかと思います。

*1:例えばJ-COMの昨年12月期の決算短信を参照。

*2:アメリカでは、CNNやESPN,Discoveryなどケーブルテレビのチャンネルを持ってコンテンツを制作する会社をケーブル・ネットワーク、ComcastTime Warner Cableなどそれらのチャンネルをまとめて視聴者の家に送り届ける会社をケーブル・オペレターと呼びます。

*3:日本最大のJ-COMのケーブルTV加入者数が今年2月末で256万世帯であることと比べると、その巨大さがわかります。

*4:だからこそ、Huluに圧力をかけてBoxeeからのアクセスを遮断させたように(こちらを参照)、伝統的な主流メディアはネット配信されるコンテンツが自らのコントロールの及ばない範囲でテレビの画面に進出してくることを何とかして防ごうとしているのです。

*5:アクトビラのように「閉じた」ネット対応テレビではなく、Youtubeアメリカで言うHuluのような動画サイトへも自由にアクセスできるテレビ。