大学が育てるウェブ上での学びの担い手

MITのOpen CourseWareからOpen UniversityUniversity of the People、そしてKahn Academyなどに至るまで、ウェブ上での学びを促進する取り組みが多彩に広がりつつあります。例えば、Marc And Angel Hack Lifeというブログには、1年ほど前のエントリですが、無料で学びに利用できるウェブ上の素材として100以上のサイトへのリンク先を上げています(こちら)。その一方で、欧米の大学では近年、こうした学びを形作る側の人材育成も本格化してきているように思えます。遠隔地教育や教育におけるテクノロジーの活用などを先行する修士課程があちこちに生まれてきているのです。今日はそんな話を書いてみます。

こうしたプログラムには、「E-learning」や「Technology in Education」といった名称が付けられています。中には全てのカリキュラムをオンラインで提供しているコースもあるので、そのいくつかを紹介します。

エディンバラ大学「MSc in E-learning」
オープン・ユニバーシティ(イギリス)「MA in Online and Distance Education」
コロンビア大学「Online Masters in Computing in Education」
ミシガン大学「MA in Technology in Education: Global Program」(夏に3週間ジュネーブでの実地研修あり)
ブリティッシュ・コロンビア大学「Master of Educational Technology」

受講対象は、教師向けから、広く教育産業でカリキュラム設計に関わる人、企業やNPOなどでのトレーニングやアウトリーチ活動に携わっている人など、プログラムによってさまざまです。いずれも、受講生がウェブ上の学びの仕組みやデザイン、効果的な進め方を、自らオンライン講義の受講生として学ぶという興味深いシステムになっています。

同種の課程は、オンライン限定にしなければ、もっと多くの大学で提供されています。これらのプログラムを修了した学生の多くは、公的な教育システムの内か外かに関わらず、何らかの形でウェブを使った教育や学びに関わっていくはずです。梅田望夫さんと飯吉透さんの著書『ウェブで学ぶーオープンエデュケーションと知の革命』](2010)に、ウェブ上のオープンな教材や教育ツールは、それを使いこなすための教育的知識やノウハウがあってこそ生かされるといったことが書かれていましたが、彼らこそ「知識やノウハウ」の部分を担っていくことになるのではないでしょうか。

ウェブ上で既に公開されているコンテンツの質を判断し、利用方法を考える目利き役、新たに必要となるコンテンツの調達役(コンテンツの制作自体は、自身で行うことも、その道のエキスパートに委託することもあるでしょう)、それらを組み合わせて一貫性のあるコースを組み立てるデザイナー、さらには、そのコースを利用者が途中で投げ出すことなくフルに活用してくれるように気を配る調整役etc。こうしたスキルを持つ人材の必要性は、今後ますます高まってくることでしょう。そうした人材を制度的に育成して行こうとする、速やかな大学の動きは、注目に値するものだと感じます。

9月17日は「Playing for Change Day」

世界各地の音楽家たちが参加して一つの曲を奏でる、という手法で音楽を通じたつながりや絆に光を当ててきたPlaying for Change。バンドとしてはアルバムの発表と北米を中心としたツアーを活動の中心としてきましたが、一方で同名の財団を設立し、途上国や貧困地域で音楽を通じた教育活動にも取り組んでいます。そして先日、今年の9月17日を第1回の「Playing for Change Day」とし、世界のいろいろな場所で草の根型の音楽イベントを開催する、と発表しました。

Playing for Change Dayのウェブサイトはこちらです。
http://playingforchangeday.org/

ビジョンとして掲げられたのは、「音楽を愛する人々に呼び掛けてつながりを作り、世界中にポジティブなヴァイブレーションを生み出す」こと。具体的には、音楽・芸術教育を充実させたり、教師や音楽家を支援したり、音楽を通した異文化交流や紛争解決を促進したりするための資金集めを目標とし、ミュージシャンたちにはイベントの開催を、そして一般の人にはそうしたイベントへの参加や寄付を呼び掛けています。

草の根型のイベントが世界でつながっていくというスタイルは、今の時代ならではのものだと思います。有名ミュージシャンが勢ぞろいした「We Are the World」や「Live Earth」のような大イベントがある一方で、こうしたグラスツールの取り組みが存在感を持ち始めているというのはとても興味深いことです。

ただ、これを書いている8/13時点では日本での開催予定は無く、「最寄り」のイベントとして表示されるのはネパールのカトマンズやインドのムンバイです。残念ながら自分には、イベントを開催するような音楽的素養もその分野のネットワークも無いので告知面での協力となりますが、日本でもPlaying for Change Dayの趣旨に賛同して関連イベントを開いてくれる人や団体が出てきてくれないかな、と期待しています。

<8/15追記>
台湾で関連イベントが開催されるようです。ネパール、インドよりも少し「最寄り」が近くなりました。

CBSとNetflixが番組の国際ストリーミング契約

Hollywood Reporterに、CBSNetflixがコンテンツの国際ストリーミング契約を結んだという記事が出ていました。たまたまメールをチェックした際に目に飛び込んできたので、簡単に紹介します。

CBS Corp., Netflix Sign International Streaming Content Deal

対象となるのは、Netflixが既にサービスを開始しているカナダと、今年中に新たにサービスを開始すると少し前に発表した中南米・カリブ諸国で、契約期間は2年間。提供されるコンテンツは「90210」や「Nurse Jackie」, 「Californication」などの過去シリーズだとのことです。中南米・カリブ諸国での利用料金などは書かれていません

イギリスやオーストラリアなどアングロサクソン系の英語諸国ではなく、南米に目を向けたところが、面白いなあと感じます。いわゆるアメリカっぽいドラマが中南米でどれほど人気が出るのかはわかりません。でも、アメリカで番組をストリーミング配信するのとは違ってあまりテレビと客の奪い合いにはならないでしょう*1。また、ヒスパニック系の住民が増えているアメリカではスペイン語の番組もどんどん作られており*2中南米への配信プラットフォームと課金モデルを確立させれば、今後そういうコンテンツも取り込む道が開けそうです。

テレビ番組などプレミアムコンテンツの国際ネット配信に乗り出したのは、当初から「国際志向」を強く打ち出していたHuluではなくNetflixだった、そして目を向けているのは英語圏ではなく中南米スペイン語圏だった−コンテンツの配信ビジネスにおけるひとつの興味深い実験が始まったように思えます。

*1:テレビ番組のネット配信はアメリカでも位置づけが微妙で、成功しなければ打ち切られますし、成功し過ぎてもテレビ局などから反発が来ます。Huluに売却の話が出ているのは、大きくなり過ぎたためだという説もあります。

*2:CBS傘下ではありませんが、UnivisionやTelemundoといった人気局もあります。

TEDトークのウェブ公開から5周年

TEDはちょうど1週間前の6/27に、TEDトークをウェブで公開し始めてから5年が経ったと発表しました(TED Blogより)*1。当初は6つのスピーチで始まったウェブ上TEDトークも、今ではほぼ1,000に達し、またこの5年で合計5億回の視聴があったそうです。

これまでに最もよく見られたTEDトークのデータも紹介されています(こちら)。TEDのサイト、YouTube, iTunes, 貼り付けやダウンロードの回数などを集計したものだそうです(2011年6月27日時点)。自分の知る限りでは、TEDが公式にこのようなデータを発表するのは初めてではないかと思います。ここでは上位20のトークが紹介されていますが、トップ5は以下の通りです。

1.ケン・ロビンソン「学校教育は創造性を殺してしまっている」 (2006): 8,660,010 views
2.ジル・ボルト・テイラーのパワフルな洞察の発作 (2008): 8,087,935 views
3.プラナフ・ミストリー :次なる可能性を秘めたSixthSenseテクノロジー (2009): 6,747,410 views
4.パティ・マースによる 「第六感」デバイス のデモ。ゲームの流れを変える着用可能な技術です (2009): 6,731,153 views
5.水中の驚き by デイビッド・ガロ (2007): 6,411,705 views

上位のトークで数年前のものが目立つのは、短期間に視聴が集中するのではなく、継続的に視聴され続けるトークが多いということなのでしょう。

最もよく見られたトークで860万回あまりというのは、こうした真面目なコンテンツにしてはすごい回数だとも思えますし、もっともっと見られてもいいのに、という気もします。ただ、この話題を紹介するGigaomの記事(こちら)によると、TEDトーク全体の視聴回数は公開を始めた2006年には200万回、2009年末までに2億回、そしてそこから1年半の間で5億回にまで増えているということですから、広がりに加速度がついてきていることが伺えます。

「TEDトーク公開5周年」に関してもう一つ面白かったのが、Mashableの記事(こちら)に載っていた、TEDのメディア部門を担当するExecutive Producerで、TEDトークの立ち上げを指揮したJune Cohenの言葉です。それによると、当初TED側は講演の動画を用いてテレビ番組を作ろうとBBCに持ちかけたところ、断られたというのです。彼女のコメントを引用します。

TEDトークBBCで流すには知性的過ぎる(too intellectual)と言われて、戦略を変える潮時だと思ったの。

確かにTEDの動画は、番組MCのような聞き手・進行役がいる訳でもなく、スタジオトークのようなものがあるわけでもなく、驚きや感動を演出するような仕掛けもない、言わば地味なコンテンツです。同じ題材やスピーカーをテレビ番組で取り上げる場合、それがドキュメンタリーなどの真面目な番組だとしても、アプローチはかなり異なったものになるでしょう。だからBBCの発言は、ある意味でTEDトークとテレビ番組の違いをしっかりと見抜いたものだと言えます。とは言え、「知性的過ぎるから」という断りの文句からは、メディアとしてのテレビの限界のようなものも感じてしまいました。ともあれ、それがきっかけとなり、ウェブ上で世界に向けて無料公開されるという今の形のTEDトークが出来たのですから、BBCがTEDからのオファーを断ってくれたことには感謝すべきなのかもしれません*2

TEDは、「アイデアを広める」というミッションをさらに広めていくため、英語以外のスピーチをTEDトークとしてサイトに公開したり(第一陣スペイン語トークに英字幕をつけたものです)、各地で独自開催されるTEDxイベントの動画も検索性を高めたページ(こちら)を新設したり、といった取り組みをしています。TEDの掲げる「徹底的なオープン性(radical openness)」がこれからどんな方向に向かうのか、引き続き注目していきたいと思います。

*1:このブログでは最近TED関連の話題が多いのですが、いま自分が一番注目している分野であり、日本語での紹介もあまりされていないようなので、この話を取り上げることにしました。

*2:ちなみに、TEDは2010年にThe TED Open TV Projectを立ち上げ、テレビ局が一定のルールに基づきTEDトークをテレビで流せるようにしています。

ネットと「縦方向」のつながり・再考

先月行われたTEDxTokyoに、運営スタッフの一員として参加しました。概要や当日の模様はGreenzJapan Timesの記事(英語)でも紹介されていますが、スタッフとして参加しても非常に刺激的なイベントでした。1年ほど前にこのブログのエントリ(こちら)で「SNSでは縦方向のつながりが生まれにくい」といったことを書いたのですが、今回の体験を通じてその糸口になり得るものがぼんやりと感じられた気がします。そのことについて書こうと思います。

1スタッフとしての個人的な印象ですが、TEDxTokyoをイベントとして形作る背景にあったのは、「限られた回数&時間で集中して行われるリアルな場での準備」と「ウェブ上で行き来する膨大なやり取り」の集積だったと感じます。全部で百数十人いたスタッフは全てボランティア。学生の人もいましたが、多くは他の仕事を持ちつつ関わっているスタッフです。お互いに顔を合わせる時間はどうしても限られますから、メール、SkypeGoogle DocsDropbox、その他さまざまなウェブ上の連絡手段や情報共有ツールを使って作業が進められました。そしてイベントの前日・当日辺りになると、各々が会場に集まって準備を行いました。事前にやりとりはしていても、対面するのは会場準備に入ってからが初めて、という人も少なからずいたはずです。

そうした過程を経る中で、興味深く感じた点が2つあります。まず上記のような形でウェブ上とリアルの場でともに顔を合わせた人たちの間で、イベント後にFacebookなどSNSを通じてどんどんつながりが広がっていったことです。イベントが終わると次はいつ会うのかもわかりませんから、関係を保っていくためにはSNS上でのつながりは大きな意味を持ちます*1。ただ、この場合の「ウェブをベースにしつつリアルなやり取りも行う」という感覚は、いわゆるオフ会のようなものとは少し感触が違っている気がします*2。例えばIT用語辞典ではオフ会を「主に談笑など、インフォーマルな催しとして行われる傾向が強い。」と説明しているのに対し(こちら)、今回のような場合はイベントを実施・成功させるために参加するという、よりミッション・ベースで自律性の高い集団になります。また、外に向けて発信しようというイベントですから、集団の性質としても、内輪の親睦を深めるというよりも外に対するオープン性が高いものになっていたという点も特徴だったと言えます。

もうひとつ興味深かったのが、スタッフ同士のやり取りの中で年代を超えた「縦方向」のつながりもいくらか生まれたのではないだろうかと感じられる点です。スタッフには見た感じ20〜30代の人が多かったのは確かですが、運営にはそれ以外の年代の人も携わっています。親子ほどとはいかなくても、10歳以上年の離れた人とのつながりは、「縦方向」と言ってよいのではないでしょうか。年長者も若者も、フラットな関係でありながら互いの経験や知識を持ち寄り良い方向を探っていくというスタイルは、心地よいものでした。これを可能にしたのも、目的志向型のコミュニティだったという点とオープン性の高さ、参加者の自律性の高さだったのではないかと思います。

どの程度一般化できるのかはわかりませんが、これらの点から考えると、「目的志向型でオープン性と参加者の自律性の高いコミュニティが、ネットとリアルのやり取りをともに重ねることで交流を深めていくと、横方向と同時に縦方向のつながりも生まれやすい。そのつながりを広げ持続させていく上で、SNSは大きな役割を果たし得る。」という推測ができるかもしれません。今回自分が材料としたのはあくまでTEDxTokyoという一つのイベントだけですが、例えば震災で被災された方たちを支援しようというNPOや団体などの集まりでも、程度の差や方向性の違いはあれ、少なからず同じようなことが起きているのではないかと思います。だとすると、ネット上での「縦方向」のつながりは、これから徐々に、あるいはこうしたコミュニティに参加する人々の間では急速に、広がっていくことになるのかもしれません。

*1:こういうつながりを作っていく上で、実名が原則のFacebookやLinkedinは、相手を探し出したり人となりを大まかにつかんだりするのにとても役立ちます。信頼感・安心感があるのです。

*2:良い・悪いの話ではありません。

TEDトークのオーディション

タイミング的にギリギリなので、あまり実用的な情報ではありませんが、TEDが公募による講演のオーディションを行うという面白い取り組みがあるので紹介します。

TEDトークに新たな気づきや驚き、刺激を与えてくれるものが多いのは、TEDの運営者であるクリス・アンダーソン*1を始めとした主催者の徹底した発掘と厳しい選考を経てスピーカーが選ばれているからです。キュレーションと呼ばれるスピーカー選びの詳しいプロセスは知りませんが、主にTEDのこれまでのスピーカーやカンファレンスへの参加者などのつながりや情報網を駆使して、面白いこと・すごいことをしている人を見つけ出しているのだろうと思います。今年の2月に行われたTED2011では、ビル・ゲイツとジュアン・エンリケ(著名な生命科学の研究者であり投資家)を「ゲスト・キュレーター」として迎え、新たな視点とネットワークから登壇者を掘り起こしていました。

これまでは、仮に「TEDのステージに立ちたい」と思っても自分から売り込むルートがありませんでしたが、先日TEDは、来年開催されるTED2012に向けたスピーチのオーディションを行うという発表をしました(こちら)。先に書いておくと、申し込みの締め切りがアメリカ東部時間の4/25(月)23:59までなので、これを読んで申し込みをしようと思っても時間はほとんどありませんが*2、まずは1分間の動画を申請フォームと合わせてオンラインで送り、1次選考を通った人が5月末にニューヨークでプレゼンを行う、というスケジュールになっています。

TEDが期待しているのは、こんなプレゼンだそうです。
・「スライドの嵐」−言葉よりもイメージ(画像・映像)が多いプレゼン
・想像力豊かなサウンドトラックとともに語られるトーク
・専用に作られたアニメ動画とともに語られるトーク
・スピーカーの言葉とスクリーンに映し出されるものが上手く「振付け」されているもの
・即興/観客とのインタラクション
・中身の濃い、焚き火の周りで語られるようなストーリーテリング
・音楽、話し言葉、ダンスなど、驚かせてくれるような素晴らしいパフォーマンス
・電撃のような速さの熱弁、知的な喜劇、ミステリー
・優れた新しい発明
・「広める価値のあるアイデア」を元にした、オーソドックスなトーク

より正確なニュアンスは、上に挙げたリンク先で原文を読んでいただくとわかりやすいかと思います。また、いくつかの点については、既存のTEDトークを用いた「例えばこんな感じ」という例示が、数日前にアップされた「FAQ」(こちら)に載っています。

個人的には、テクノロジーを用いてトークを上手く演出するようなものが求められている一方で、昔ながらの(そして今はほとんど廃れてしまっている)ストーリーテリングのスタイルにも言及されているあたりが、非常に興味深く感じます。選考を経てどんなトークが来年登場するのか、気の早い話しですが楽しみなところです。と同時に、締切まで1日しかないところでお知らせをしてもあまり実際の役には立たないだろうとは十分に承知しつつ、TEDの場に、(来年でも再来年でも)素晴らしい日本からのスピーカーに登場してほしいなとも期待してます。

*1:ロングテール」や「FREE」の著者とは同名の別人

*2:TEDがこれを発表したのが4/15なので、元々あまり余裕がない話でした。自分ももう少し早く書きたかったのですが、時間が取れませんでした。

「ライブ」化する雑誌

ラジオ番組、アルジャジーラなどのニュースチャンネル、そしてUSTREAMなど、映像や音声を映像をナマで配信する「ライブストリーミング」は大分と一般的に行われるようになりました。でも今日紹介するのは、雑誌をナマで作ってしまおうという「ライブマガジン」の試みです。

世界の各地で独自に行われているTEDxイベントのひとつ、TEDxMaastrichtが最近開催されました。Maastrichtは、EU誕生の契機となった「マーストリヒト条約」でその名を知られるオランダの都市です。このTEDxは、ちょっとした話題になりました。Live Magazinesという地元オランダの企業*1と手を組んで、イベントの模様をその場で雑誌形式のコンテンツにしてウェブで公開するという試みを行ったからです。

そのウェブマガジン(これは英語で書かれています)がこちらです。
http://www.livemagazines.nl/Edities/tedxmaastricht/

僕はTEDxMaastrichtの模様やそれがウェブマガジンとして出来てゆく様子を同時に見ていた訳ではないので、実際にどの程度「ナマ」で雑誌が作られ、公開されていったのかはわかりません。でも、このウェブマガジンを読むとわかるように、スピーチの要約や参加者の声、会場の写真に加えて、イベントの様子をストリーミングで見た人のツイートなども含まれていて、「ライブ感」がしっかりと詰まった内容になっています。

巻末にあるLive Magazines社についての案内ページで5人の写真が載っているので、それぐらいの人数で作ったのでしょう。同じページにある"This is how we work"の部分を引用します。

イベントや会議で、ライブ・マガジンの編集チームがその時・その場で唯一無二の雑誌を作り上げ、それをゲストやスポンサー、取引先などに配布することができます。経験を積んだデザイナー、記者とカメラマンからなる編集チームが、イベントの熱気や進行の模様を豪華な雑誌に仕上げます。

これはものすごく興味深い取り組みだと思います。「雑誌」と「ウェブ」の組み合わせはありますが、それに「ライブ」という要素を加えるとこうなるのかと強い印象を受けました。コロンブスの卵のようなもので、言われてみれば確かにこういうのも有りだなという気がしますが、これまで自分はこんな取り組みを見たことがありませんでした。

また、ビジネスとしての可能性という点でも面白いのではないかと感じます。イベントや会議の参加者に印刷したものを配り、ネットを介してウェブストリーミングなどで見ている人に対してはウェブ上でマガジンを公開するといった使い方はもちろん、例えば結婚式などで利用しても大いに受けるでしょう。

こうしたライブ・マガジンの取り組みを成功させるための最大の鍵は、有能な編集者の存在だと思います。写真や文章の良し悪しももちろん重要ですが、膨大な写真やインタビュー、講演内容などから限られた時間で内容を取捨選択し、構成を決め、流れを作る作業が、そのライブ・マガジンを面白く・読みやすくする上で決定的に大事になるからです。

例えば、いくらプロが撮ったものとはいえ、結婚式のVTRを未編集で延々と見せられたり、写真を全て広げられたりすれば、本人や親などごく限られた人以外は途中で嫌になってしまいます。でもその素材がうまく取捨選択され、構成され直した上で適度なボリュームで提示されると、感動的なものに仕上がります。
「ライブ・マガジン」は、イベントの開始と同時に制作を始めてイベントが終わるまでに完成させるという、極めて短い時間の中でこうした編集を行う取り組みだと言えます。「ライブ」という言葉から想像される、「その場を、そのまま」というイメージとは少し意味合いが異なりますが、雑誌としての編集機能を残しつつ、イベントと同時進行で作品を完成させていくというのは、とてもチャレンジングで、しかもワクワクする試みです。出版不況により編集者の仕事が消えていく−何ていう話を時々耳にしますが、編集のスキルが生かせる場所は従来型の紙媒体の出版物だけではありません。こんな分野でも、編集者の方たちにどんどん活躍してほしいと思います。

*1:恐らくはベンチャーだと思います。ウェブサイトがこちらにありますが、オランダ語で書かれているので、Google翻訳などで読みとれる範囲しかわかりません。