Hulu 対 Boxee

少し前に、HuluがBoxeeやTV.comからのアクセスを遮断したこと(こちらを参照)を紹介しましたが、HuluとBoxeeの話にはその後日譚があります。前回のエントリーで紹介したような、3〜4か月ごとに月間のビデオ視聴が1億回ずつ増えていくというHuluの凄まじい成長を前にすると、Boxeeからアクセスできなくするなんていうことはマクロな面では些細なことです。でもミクロな見方をすると、これはHuluとユーザーの関係が変容し始めたことを示す意外と重要なポイントなのかもしれないとも思えます。今日はそんな話を書きます。

まず、Boxeeのことを説明しなければなりません。この会社はニューヨークに本拠を置くベンチャーで、会社と同名のBoxeeという無料のオープンソース・ソフトウェアを開発しています。自分のパソコンに保存しているデジカメ画像やホームビデオの映像、音楽も、ネット上で無料公開されている写真、動画、音楽(Youtube、放送局の番組ネット配信、Flickr、last fmなど)も楽しむことができ、さらにはApple TVやNetflix*1などにも対応するという、さまざまな動画や音楽、画像ファイルをワンストップで利用できる便利なソフトウェアです。

動画を用いた機能説明をご覧いただくと、どんな使い方ができるのかがイメージしやすいかもしれません。

また、SingoyさんのブログSHINGOG2にあるBoxeeの使用体験記にもBoxeeの機能がわかりやすくまとめられています。

今のところMacLinuxにしか対応していないこと、そして地理的なアクセス・ブロックを無効にする機能があるわけではない*2ことから、日本ではまだあまり知名度は高くありません。でも、非常に大きな可能性を持つソフトウェアだと僕は考えています。

ただ、このユーザーにとっての利便性の高さがHuluから断固としてアクセスを遮断される原因となってしまいました。最初にHuluがBoxeeにコンテンツの取り下げを要求した後、Boxeeは「Huluのコンテンツ自体を直接ブラウジングするのではなく、Huluが新作動画などを告知するために配信するRSSフィードを読み込むリーダーを自社のソフトウェアに組み込む」という形で、Huluの要求に応じながらも間接的に(裏技的に)Huluのコンテンツへのアクセスを確保するという手段に出ました(Venture Beatの記事-1])。でもその直後にHuluはBoxeeからのRSSフィードへのアクセスもブロックし、再びBoxee上でHuluのコンテンツを視聴することができなくなってしまったのです(Venturebeatの記事-2)。

HuluがBoxeeからのアクセスを遮断したのは、Huluにテレビ番組などのコンテンツを提供しているTVネットワークやケーブルTVなどのライツ・ホルダーの意向によるものだとされています。彼らが特に警戒しているのが、BoxeeをApple TVなどとともに使うことでネット配信されるコンテンツが簡単にテレビ上で視聴できるようになってしまうという点です(たとえばSilicon Alley Insiderの記事などを参照)。テレビとは別メディアであるパソコン上で自社のコンテンツが視聴されるのは新たな収益源にもつながるので良いとしても、ネット配信されてくるコンテンツがテレビ上で見られるようになっては困るというのがその理由です。そうなってしまうと、テレビ局にとっては企業の広告費がウェブ動画の方に逃げて行ってしまう恐れがあります。

同じ番組が一方では電波で、他方ではIP網で同じテレビに届き、後者の方が視聴者のより詳細なデータを得られるのだとすれば、広告主はそちらを選ぶようになるでしょう。そして、テレビ局にもたらされる収益の規模という点で言えばテレビCMはネット動画CMよりはるかに巨大なので*3アメリカのネットワークTVなどにとってそれは何としても避けたい事態のはずです。また、有料のサブスクリプション制で成り立っているケーブルテレビにしてみれば、ネット上にある様々な無料動画コンテンツが気軽にテレビ上で利用できるようになると、わざわざ毎月高いお金を払ってケーブルTVに加入する人が減ってしまうという恐れがあります。いずれにしても、ライツホルダーの立場からすると、無料でネット配信されるコンテンツがテレビの画面上に出てくるのは許しがたいというのが今のアメリカの状況です。

伝統的に権利ビジネスというのは利用者に多くの制約を課すことで自らの収益を最大化するビジネスですから、彼らがそういう主張をするのは理解できます。でも、ここで重要なのは、これまで「ネット上での動画コンテンツ配信に関する制約をできるだけ減らして利便性を高めよう」という姿勢を貫いて支持を集めてきたHuluが、今回の件に関してはユーザーよりも権利者の立場に立って制約を強める側に回ったという点です。Huluがそう望んだのではなく、親会社(NBCとNews Corp)やコンテンツ提供者たちとの関係の中でそうせざるを得なかったのでしょうが、理由はどうあれ、このポジショニングの変化はHuluのひとつの限界を示しているようにも感じられます。

上記のVenture Beatの記事でも「公に配信されるRSSフィードへのアクセスをブロックするなんて全く馬鹿馬鹿しい」と論評されているように、一部ではHuluへの批判も起きています。「良質なコンテンツ」と「ユーザー志向のサービス」という2つの要素を兼ね合わせて成長してきたHuluですが、ネットを使った動画配信サービスがさまざまな形で展開する中で、後者については完全にフォローし切れないという状態になってきたのかもしれません。

一方、この件を発表するBoxeeの公式ブログには、こんな言葉が載っています。

もしあなたがBoxeeをネット上で合法的に一般公開されているコンテンツを見るためのメディア・ブラウザーとして使うことを選ぶのであれば、我々は、どんなソースからのものであれ、あなたがそのコンテンツにアクセスできるようにするためのあらゆる努力を行っていきます。

これ、実はHuluの使命として掲げられている「人々が世界中のプレミアム動画コンテンツをいつでも、どこでも、どのような形ででも見つけて楽しむための手助けをすること」と非常に似ています。このミッション・ステートメントを基にHuluはオールドメディアの世界に閉じ込められていたテレビ番組などをネットの世界で合法的に解放するという事業を推進してきたのですが、Boxeeとの関係では自らが「コンテンツを閉じ込める側」となって同じような言葉を投げかけられてしまいました。皮肉なことです。

もっとも、Boxeeにしても、Huluからのアクセスを遮断されたことで上に挙げた「良質なコンテンツ」と「ユーザー志向のサービス」という2要素のうち前者の点で大きな打撃を受けています。この2つの総合点ではまだまだHuluがBoxeeを含む他のサービスを大きくリードしていると言えるでしょう。ただ、HuluがNBCとNews Corpと結んでいる独占契約があと1年ほどで満期になるとも言われる中(こちらを参照)、その状況が今後もずっと続くとは限りません。ネットとテレビの融合がいよいよ本格的に始まるであろう今後、テレビ上でのネット配信コンテンツに対してどのような姿勢を示すのかということがビジネスの成否に影響を与えるひとつのポイントになってくるのではないかという気がします。

*1:Netflixは有料サービスですが、会員になると自社が提供する12000本ほどのネット配信コンテンツを自由に視聴できるようになります。

*2:アメリカ国内からのアクセスしか認められていないコンテンツはBoxeeを使っても同じ制約がかかっているということ。

*3:人気動画サイトに出す広告のCPMはネットワークのプライムタイムCMのそれよりも高いとも言われていますが、今のところはテレビの方が視聴者数が段違いに多いのでそうなります。