米国のケーブルテレビ業界が思い描くネット配信の姿

最近のエントリーで紹介したとおり(こちらこちら)、HuluとBoxeeのいざこざに見られるようにアメリカの主流メディア、特にケーブルテレビ業界はネット配信されるコンテンツがテレビ画面で視聴できるようになることに強い警戒心を抱いています。有料のサブスクリプション制という彼らのビジネスモデルに悪影響が出るかもしれないと恐れているからです。でも、ComcastTime Warner Cableなどのケーブル・オペレーターを中心として、ケーブル業界側からコンテンツをネット上でも流して行こうとする試みも始まっています。

例えばアメリカ最大手のMSOであるComcastは2008年1月にFancastというサイトを開設し(Tech Crunchによる紹介記事はこちら)、Huluの配信パートナーとなっこのサイトからHuluのコンテンツが視聴できるようにしています。ここで見られたコンテンツに対して、Huluから広告収入の一部(一般的に10%程度とのこと。こちらを参照)を分配してもらうためです。Comcastは2400万件を超えるケーブルテレビの利用者に加えて、1500万件近い顧客にブロードバンド接続を提供する全米第2位のISPでもあります。Comcastの総収入のうちケーブルテレビの利用料が60%、インターネットの接続料が20%程度ですから(ComcastのAnnual Reportより)どちらが大切なのかは歴然としていますが、とはいえ成長分野であるネットからの収入を増やそうというのは当然の動きでしょう。

また、MSO第2位のTime Warner Cableは、先日「TV Everywhere」という構想を発表しました(Hollywood ReporterArs Technicaを参照)。自社の契約者たちにテレビ上だけでなくオンラインでもケーブルテレビの番組を視聴してもらえるようにしようという計画です。料金面での詳細(ネット視聴をするためにどれ程の追加料金が必要なのか)や開始時期、参加するケーブル・ネットワークなどの詳細は全く未定ですが、これは、ケーブルテレビ業界が自らイニシアティブを取ってコンテンツを「専用線+セットトップボックス」という伝統的なケーブルテレビの枠組みから解放しようとする野心的な試みだと言えます。この件を伝えるDRIメディアウォッチャーのリポートでは、ケーブル・オペレーターにとってもケーブル・ネットワーク(ESPNやCNNなど、ケーブルテレビのチャンネルを運営する会社)にとってもメリットがあるビジネスモデルだと評しています。

ただし、見方を変えるとこれは、従来のケーブルTV型のサブスクリプション・モデルをネット配信の世界に持ち込む試みであるとも考えられます(Content Agendaの記事を参照)。ケーブルテレビでは大抵多くのチャンネルをまとめて基本パッケージを作っているので、番組視聴だけでも50〜60ドル/月はかかるのが一般的です*1。日本と同様、アメリカでもケーブルテレビを利用するためにはそれなりの費用が必要なのです。「TV Everywhere」構想の根底にあるのは、「お金を払ってケーブルテレビに加入して(そして恐らくオンライン視聴用の有料オプションにも入って)いる人に対してはネット上でも多チャンネルのコンテンツが見られるようにするけれど、お金を払っていない人にはオンライン視聴が出来ないようにする」という囲い込みの思想です。一方で有料ネット配信の環境を整え、他方では同じコンテンツが無料ネット配信されるのを防ぐという両面作戦が必要になります。実際にどれほどのケーブル・ネットワークから賛同を得られるのかはわかりませんが、Huluなどを介した広告型の無料ネット配信とは大きく異なるビジネスモデルです。

興味深い試みではあるけれど、利用者の立場からするとあまり有り難くないものだなというのが僕の感想です。BoxeeのCEOであるAvner Ronenも、この件に関して「多チャンネルをパッケージングしてバンドル料金を取るケーブルTV型の課金システムは、オンデマンドが基本のネットの世界では馴染まない。」と批判していることが上に挙げたContent Agendaの記事の中で紹介されています。全く同感です。ケーブルテレビの場合はインフラ整備に膨大なコストがかかるので、ComcastTime Warner Cableのような会社が150〜200ものチャンネルをひとまとめにして基本パッケージを組むことにも合理性があったのでしょう。でも、その論理がそのままネットの世界に持ち込めるとは思えません。利用者の側からすれば、有料のネット配信ではパッケージングされた高額セットよりも、Ronenが言うような「見たいチャンネルだけを選ぶアラカルト契約」の方がずっと好ましいものになるはずです。チャンネルを運営する各ケーブル・ネットワークは利用者がComcastなどに支払う月会費の一部を分配されていますので*2なかなかMSOの意向には逆らい難いところもあるのですが、「アラカルト契約」をベースにしたケーブルテレビ上のチャンネルのネット配信が始まれば、かなり面白いことになりそうだなと思います。

*1:ブロードバンド接続やIP電話などを合わせて加入することも多いので、その場合は80〜100ドル/月ぐらいになります

*2:一般に、人気チャンネルであればある程高額の分配金を受け取っています。