Kangarooに目指してほしいビジネスモデル

昨日書いたように、BBCから鳴り物入りで移籍してきたCEOのAshley Highfieldが半年も経たないうちに退任してしまったイギリスのオンライン映像配信プラットフォームKangaroo(現在立ち上げ準備中)ですが、先月HighfieldがフランスのMIPCOMに出席した際に(当然、辞任が明らかになる前の話です)、この会社の方向性について興味深いことを語っています。それを伝えるSilicon Alley Insiderの記事を読んでからずっと気になっていたのですが、内容を整理してこのブログで紹介する前にHighfieldは突然Microsoftに行ってしまうことが発表されました。会社のトップが変わるのですから事業戦略がそのまま受け継がれる保証はありませんが、Highfieldの構想にはなるほどと感じるところがあります。それを紹介しながら、Kangarooがこんなサービスになったらいいのになという期待を書いてみたいと思います。

Silicon Alley Insiderに載っていたHighfieldの計画で注目すべき点は2つあります。まず、Kangarooの親会社であるイギリスの地上波テレビ局BBC*1ITV、Channel4の3社が放送した番組に加えて、ハリウッドの作品などアメリカのテレビ番組や映画もKangarooのラインナップに加えたいという意向です。どういう結論になるのかはわかりませんが、スタジオとの話し合いも実際に進められているそうです。

そしてもうひとつは、BBCのiPlayerや Channel4.com、ITV.comなど、親会社たちが自ら運営しているネット配信サイトとの連携を重視している点です。記事中にあるHighfieldの言葉を引用します。

我々は、テレビのキャッチアップ(注:見逃し視聴)を提供するサイトから多くのトラフィックが来るだろうと予測している。そうした人々を、我々が持つ番組のカタログや有料コンテンツに案内することができる。(中略)それはまだ誰も試していないモデルだ。でも、上手くいくだろう。もし十分な数の人々を我々のワン・ストップ・ショップ(注:Kangarooのサイトのこと)に連れてくることができれば、それは経済的に実現可能なモデルとなる。我々にも、コンテンツのライツ・ホルダーにも利益がもたらされる。

そうなればいいなという期待も込めてこれらのメッセージを読み取ると、Kangarooの戦略は「ロング・テール的なコンテンツ(過去の番組など)を主に扱いつつ、親会社のネット配信サイトと緊密に連携したりハリウッドの作品を扱ったりすることによってヘッドの部分を補完する」というものなのかなという気がします。ネットを中心としたデジタル技術がロング・テールのビジネスを可能にしたとはいえ、クリス・アンダーソンが言うように「ヘッドの部分で多くの人々を集めることができるからこそ彼ら一人ひとりの深い関心領域にまで対応できるロングテールの部分が活きてくる」という面にも目を向ける必要があります。Youtubeなどの動画投稿サイトでも人気コンテンツの相応の部分がテレビ番組などから不法にアップロードされたクリップであったりすることからもわかるように、またトップクラスのコンテンツを集めることができずに苦戦しているJoostの例関連エントリーが示すように、マイナーなコンテンツのみを扱う映像のネット配信事業というのは、広く一般を対象にしたビジネスとしては成立しづらいのです。僕は上記のようなKangarooの方向性*2を見て「これは面白いものになりそうだ」と思うのですが、それは、Kangarooがヘッドとテールの部分をユニークにつなぐモデルを提案することになるかもしれないと感じるからです。

例えばアメリカのHuluの場合は、最新のドラマに関して言えば親会社のNBC,FOXとHuluは同じ作品をそれぞれのウェブサイトで提供しています。ドラマ「Heroes」の最新シリーズのネット配信は、NBC.comでもHulu.comでも同じものが流れているのです。でも、(ここでもそうなれば面白いなという期待を込めて書きますが)もしかしたらKangarooは親会社たちとの間で提供するコンテンツをきちんと仕分けしつつ共存していけるようなサービスを目指しているのかもしれません。

親会社以外の映画スタジオやケーブルテレビ局などから幅広くコンテンツを集めて来ることで合法的ネット配信のプラットフォームとして急成長しているHuluですが、その課題のひとつは「タイトル数は豊富でもそれぞれの作品で提供しているエピソードの数が限られている」ということです。最新ドラマでは番組がまるごと提供されるのは直近の5話ぐらいに限られますし、数シーズンに渡って放送されている人気作品については過去シーズンのエピソードがHulu上で視聴できることは稀です。権利者からの許可が得られないからです。でも、有料配信のiTunesでは、基本的に「放送済みの現シーズンのエピソード全て+過去2〜3シーズンのエピソード全て」が販売されています。ここに、現時点でのアメリカの無料配信モデルのひとつの限界があります。

イギリスでも状況は似たようなものです。BBCやChannel4, ITVが自社のウェブサイトで無料提供している番組は、1週間以内だったりひと月以内に放送されたものに限られています。それを超えたところの番組(ひと月半前の番組だったり1〜2年前の番組、あるいは15年前の番組まで、さまざまなケースを考えることができます)を視聴する方法は非常に限られているのです*3

もしKangarooがこうした「テレビ局が無料ネット配信をしない(あるいはできない)領域」にある映像資産を主に扱い、それらを無料提供(広告付き)や有料販売することで収益を上げるというモデルを思い描いているのであれば、それはとてもユニークな挑戦となります。特に、BBC、Channel4、ITVという親会社との間で「放送から一定期間内のコンテンツ(=主にヘッドの部分)はテレビ局、それを越える部分(=主にテールの部分)についてはKangaroo」という形で担当の仕分けをしつつユーザーがストレスを感じずにこの両者を行き来できるような形でサービスを作り上げることができれば、非常に面白いものになるのではないでしょうか。

自らはテールの部分に重心を置きつつヘッドの部分と連携を取りながらビジネスを軌道に乗せる、というのは決してたやすいことではないでしょうが、親会社である強力な地上波テレビ局たちと「近過ぎず、遠過ぎず」の関係を築き上げることができれば実現も不可能ではないはずです。番組を見逃した人や過去の番組を探している人がまずはそれを放送したBBCITVのウェブサイトを訪れる。そこで目当ての番組がネット配信されていればそれを視聴するし、されていなければシームレスでKangarooのサイトに導かれ、多少のお金を払って(あるいはBBCの番組にもCMが付く*4などして無料で)見ることができる…なんていうサービスは、視聴者にとっても価値のあるものとなるでしょう。Kangarooは、下手をすると単なる「イギリス版Hulu」で終わってしまいますが、「テレビ局のネット配信と相互に補完しながら総合的な映像資産の配信サービスを作り上げるのだ」という視点に立って開発が進められれば極めてユニークな存在にもなり得ます。実際そうなって欲しいなと思いますし、また、そんなことを行う場合、過去の番組も含めて自社のすべての番組の情報(メタデータ)を一つのところに集めてネット上で公開しようとするBBCの試み(関連エントリー)は大きな意味を持つことになるはずです。

*1:BBC本体は商業活動ができないので、Kangarooに参加する主体は子会社のBBC Worldwide

*2:僕の個人的な理解なので間違っているかもしれませんが。

*3:人気番組であれば、再放送が組まれたりDVD化されていたりすることこあるでしょうが。

*4:BBCは受信料で賄われている公共放送なので、イギリス国内ではテレビ放送、ネット配信ともに広告は入りません。