HuluのCEO・Jason Kilarのインタビュー

Online Media Dailyのサイトに、HuluのCEO・Jason Kilarのインタビューが出ていました。Kilarのことは以前にも書いたことがありますが(こちら)、純粋なインタビューというのは読んだことがありませんでした。興味深かった点をまとめてみます。

まず、オンラインビデオの世界にHuluはどのような変化をもたらしているのかという問いに対して、KilarはEメールやブログへの貼り付け、SNSなどを通じて視聴者が好きなコンテンツを即座に友人などに転送(transport)し、それについての会話を始めることができる点がテレビ視聴などの「比較的静的な体験(relatively static experience)」とは異なる点だと答えています。ここから、ウェブ上の動画視聴におけるユーザー同士のつながりをHuluが非常に重視していることが伺えます。

「バイラル・マーケティング」という言葉が近年よくつかわれていますが、バイラルな形で、つまり口コミなど利用者間のネットワークを通じてどんどん商品やサービスが広まって行ってくれるという状況は、プラスに働きさえすれば企業にとって理想的な展開となります。でも、映画やテレビ番組など動画コンテンツをバイラルに広めようとするとどうしても不法コピー(piracy)の問題が出てきます。いくらユーザー間のネットワークを通じて爆発的に広まっても、それが不法コピーされたものであったならば企業にとっては収益どころか大きな損害となってしまうからです。では、動画のネット配信ビジネスにおいて合法的な形でバイラル・マーケティングを展開するにはどうすればよいか。それは、コンテンツに対する企業のコントロールをビジネスが成立する範囲で最小限にし、ユーザーの自由度を可能な限り高めることです。このブログでも度々触れているように、Huluはこの点をよく理解し、またそれを実行している企業です。その点が、Huluがテレビ番組などの"プレミアム・コンテンツ"をネット配信するというビジネスにもたらした最大の変化と言えるでしょう。

次に、Huluは現在アメリカ国内限定のサービスであるにも関らず、Kilarは米国外からのアクセスが貴重なデータになっていると言っています。原則として米国外からはHuluのコンテンツを視聴することはできませんので、視聴しようとしてもブロックされてしまいます。でも、そのようなアクセスの試みが「世界のどの地域でHuluのどんなコンテンツに対する潜在的な需要があるのか」を推し測ることを可能にしているとKilarは述べているのです。言われてみれば当たり前にも思えるようなことですが、このように一見"自社のサービス範囲外*1"に属する情報の活用の仕方には企業の姿勢が大きく物を言います。立ち上げ当初から将来的なサービスの国際化を謳っていたHuluはだからこそ、こういう世界中からのアクセス・データを自然と自社の国際展開戦略につなげることができたのかもしれません。

続いて、Kilarは広告主の数を大きく増やすことが視聴者とコンテンツ、そして広告をより良い関係で結びつけることにつながるという趣旨の発言をしています。現在100社程度のスポンサーが1000社にまで増えれば、ユーザーがHuluのコンテンツを視聴する際に自らの好みに即した広告を選ぶことができ*2、それによって視聴者の広告に対するエンゲージメントやレスポンスを高めることができる(もちろんそれは広告メディアとしての価値を高めるというメリットをHuluにもたらします)という流れを生み出すことができるということだそうです。言ってみれば、膨大な数のプレミアム・コンテンツに加えて膨大な数の広告を集めることで、人気番組からロング・テールなコンテンツまで、多くの人々の関心事項からニッチな趣味・嗜好まで、さまざまなコンテンツの性質や視聴者の好み・属性に合わせた広告を提供するというのがKilarの描くHuluの将来像です。彼は、こう述べています。「適切な広告というのは我々が作り上げるアルゴリズムの機能であるばかりでなく、それを支えるデータ・セット、もしくはライブラリーなのだ。」と。コンテンツのみならず広告をライブラリー化するという視点は斬新に感じました。

最後に、参入企業が増え続けているオンライン・ビデオの世界でどのようにHuluを差異化し続けていくのかという問いに対してKilarは「それはHuluの文化(culture)だ」と答えています。そしてHuluの文化の例として、「神経質なまでの品質へのこだわり (neurotic devotion to quality)」と「粘り強さと何かを実行に移すスピード(tenacity and speed of execution)」を挙げています。もうひとつ気になったのは、次の一文です。「コンテンツを見つけるためのあらゆる障壁を取り除けば、最高のコンテンツがトップに来る(When you take away all the barriers to finding content, the best content rises to the top.)」。こうした言葉を読んで、Huluはメディア企業(media company)というよりもテクノロジーに重きを置いた企業(tech company)なんだろうなという印象を受けました。動画コンテンツを作り上げることではなく、すでにある質の高いコンテンツと視聴者をスムーズに結びつけることが自社の利益にもつながるという信念を持ち、その間に横たわる様々な障壁を技術や粘り強さ、巨大メディアでは真似できないスピードで乗り越えていくことを目指す企業なんだと。このような理念を抱く会社がどんな方向に進んでいくのか、もうしばらくは注意深く追って行こうと思います。

*1:地理的なエリアに限定されず、自社が行うサービスの領域外ということ。

*2:事前登録した個人情報に基づいて自動的に広告が割り当てられるのか、視聴する段階でユーザーが何らかの操作をするのか、そのあたりの詳細には触れられていません。