BBCがデジタル時代に描くビジョン-2

少し間が空いてしまいましたが、先日の「BBCのデジタルビジョン」に関する話の続きです。

前回取り上げたように、BBCがデジタル時代に向けた戦略としてまず打ち出したのは「コンテンツのマルチ・プラットフォーム対応」戦略で、それが具体化したサービスがiPlayerです。実際、iPlayerはパソコン(ストリーミングはWindowsのみでなくMacでも利用可)に加えて任天堂Wiiや携帯電話(iPhoneNokiaの一部機種)、イギリス最大のケーブルTVであるヴァージン・メディアなど様々なプラットフォーム上で利用できるサービスになっています。そして、ヴァージン・メディアから「iPlayerで視聴されるコンテンツの3分の1はうちのケーブルTV上のものだ」という声明が出されるなど(digital spyによる記事)、iPlayerはBBCのウェブサイトという「本拠地」以外でも着実にプレゼンスを高めつつあります。

これによりBBCは旧来の「メディア間の垣根」を越えるための手だてを整えました。そして、最近のBBCの動きをみていると、それに続いてこの会社が行おうとしているのは「国境の垣根」と「規格の垣根」を越えるための基盤整備だと感じられます。

「国境の垣根」については、先日のエントリーでも紹介したErik Huggers(BBCのデジタルサービス部門のトップ)による言葉をBBCのビジョンだと考えても良いでしょう。もう一度Guardian紙の記事から引用します。

彼(Huggers)は、iPlayerは国際的に展開されるべきだ、BBCのウェブサイトはよりソーシャルメディア的な要素を加えるべきだ、そしてBBC業界標準の策定に尽力し、コンテンツをさまざまなデバイスに向けてより簡単に展開できるようにすべきだと述べた。そして彼はこう続けた。「本来、インターネットはグローバルなメディアだ。しかし今日、我々はiPlayerへの英国外からのアクセスを人為的にブロックしている。私に言わせれば、これは問題であり、業界が解決すべき大きな課題である。」

そして「規格の垣根」に関して言えば、BBCは自らが主導してイギリスにおける番組のネット配信プラットフォームを共通化するという意図を持っていることが明らかになってきました。BBCは先ごろ、
・iPlayerの技術などを公開してITVやChannel4などイギリスの他の地上波テレビ局もその規格に則った独自のネット配信サービスを展開できるようにする
ITV(イギリスの民放の雄)、BT(イギリス最大の通信会社)と組んで、ブロードバンド回線を利用したテレビ向けの無料動画配信の共通プラットフォームを2010年初頭までに開発する
という方針を打ち出したのです(BBCのプレス・リリースはこちらこちら)。

BBCは非営利の公共放送ですから、これらの方針は他社との競争に勝つためという視点のみから捉えることはできません。少しまどろっこしいのですが、文脈を解説します。ネット広告の伸長が著しく、また900万件の加入者を持つBskyBという衛星多チャンネル事業者の巨人が存在するイギリスでは*1、日本やアメリカ以上に地上波民放が苦しい立場に置かれています。また、イギリスでは地上波テレビすべてが広い意味での公共放送(PSB, Public Service Broadcasting)と位置付けられており、電波の利用権と引き換えに地域ニュースや教育番組の放送など、内容や度合は違いますが各社が公共の福祉に役立つ放送を行うよう義務付けられているため*2、ビジネスとしての競争力が削がれているのではないかという議論があります。特に地デジへの移行でテレビのチャンネル数が増え、BSkyBやケーブル、ネット配信事業者などを含めた広告費の奪い合いが今後さらに激化するのが確実な状況の中で、イギリスの地上波テレビが今後公共的な役割を果たし続けていけるのかどうかを懸念する声が強く挙がり、それを受けて放送を管轄する機関であるOFCOMが現在イギリスのPSBの将来についてのレビューを行っています*3。その過程でBBCがOFCOMに提出したプランの一部が上記の方針です。なので、これはITV, Channel4, FIVEを含む地上波テレビ局全体からなるイギリスの「PSBシステム」を存続させていくためにBBCとしてはこんな方法を考えている、という提案です。

ともあれ、上に挙げた2つの提案がいずれもネット配信のプラットフォームを共通化しようとする試みであることは確かです。特に2番目の方針は"プロジェクト・キャンバス"という仮称がつけられ、マーク・トンプソンが「将来のイギリスのPSBに求められる至高の目標(the holy grail)になるかもしれない」と評するほど重要視されています(Guardian紙の記事より)。これらがどのような形で実現していくのか、また商業サービスとして準備が進められているProject Kangarooとの兼ね合いがどうなるのか(Kangarooについての関連エントリー)など気になる点はいくつかありますが、このような形で規格共通化に向けた動きが出てきたということには大いに注目すべきでしょう。

*1:イギリスは人口が日本の半分弱ですから、単純に考えるとBSkyBは日本でいえば2000万件近くの加入者を持つ多チャンネル事業者並みの存在感を持っていることになります。スカパーの個人契約件数が370万件程度であることと比較すると、イギリスにおけるBSkyBの浸透ぶりがわかります。

*2:もちろん、一番厳しい義務が課せられているのは受信料で成り立つBBCです

*3:数年前に行われた初回レビューに続く2回目の調査です。