希少性(Scarcity)と遍在性(Ubiquity)の間

もう1年近く前になりますが、TechCrunchに「海賊行為と戦う方法―世界から大手テレビ局への忠告」と題された興味深い記事が載りました。アメリカの主要テレビ局に対して、ネット配信を通じて不法コピーなどのpiracyを抑えるにはどうすればよいかという提言をまとめたものです。

そこでは、4つの項目が挙げられています。
1.選択の幅を広げることが全て
   -ネット配信するコンテンツをダウンロードできるようにする
    とか別のメディアに移し変えることができるというように、
    可能な限り多様なプラットフォームでサービスを提供する

2.地理的制限はもはや無意味
   -外国の視聴者も含めてあらゆる視聴者が合法的にコンテンツを
    視聴できるようにする

3.一度公開したら無期限に公開すべき
   -「直近の5エピソード分しか視聴できない」というような
    縛りをなくす

4.視聴者をバカ扱いするのを止める   -くだらない番組でなく、まともなコンテンツを作る

要するに、映像コンテンツの流通に関するあらゆるコントロールを取っ払ってオープンにすべき、という主張です。

今のアメリカのテレビ局によるネット配信は、日本よりはずっと先を行っているとはいえ、まだまだ様々な点で企業側の都合による制約を受けています。一方でアメリカのテレビ番組は、合法的なネット配信が行われていない場合でも、その気になれば海賊版を扱う国内外の動画共有サイトなどを通じて大抵は入手できてしまうという状況があります*1。だから、余計な規制は視聴者を海賊行為に向かわせてしまうという訳です。

言いたいことはよくわかります。ただ、これはあくまでユーザーの立場からのみ言えることです。テレビ局がこれを全て素直に受け入れることはまずないでしょう。ネット配信に加えて伝統的な放送波やDVD、シンジケーション、外国への放送権販売といった番組を取り巻く一連の展開全てから得られる総収益の最大化を図るのが、この業界が長年築き上げてきたウィンドウ戦略の鉄則です。例え「コンテンツの流通を完全に自由化すること」がネット上の視聴者を増やし、広告収入をいくらか増加させることにつながったとしても、それがDVDの販売減や権利ビジネスの妨げとなりトータルの収益にとってマイナスの効果を生むことになるのではないかという懸念がある限り、ネット配信のみを極端に重視することは考えられません。

一方で、ネット上に広まる海賊行為に対して何もしないというのでは、それはそれでテレビ局にとってのリスクが高すぎます。そこで彼らが打ち出したのが、今あるような「既存ビジネスに過度の悪影響を及ぼさないように色々な面で制約をかけた上で番組のネット配信を行う」という取り組みです。ネット上には電波を使う放送や物理メディアであるDVDなどとは異なる力学があり、ユーザーの力が大幅に強化されていますから、ただテレビに流すのと同じようにネット上に番組をアップするだけでは不十分です。だから、各社ともネット配信される番組に対するユーザーのコントロールをどの程度まで認めるのかということを試行錯誤しながら、旧来のビジネスも含めた「全体最適」のポイントを探っているのです。

昨日のエントリーで見たように、オンライン・ビデオから得られる広告市場は、急速に成長しつつあるとはいえ元々のパイが非常に小さいものです。2013年時点でも58億ドル程度という見積もりを見る限りでは、少なくとも短い将来にテレビ広告と置き換わる程の規模になることはありません。でも、全体的な流れとしては、ネット配信でより多くの番組が提供され、ユーザーの自由度も徐々に拡大する方向に動いていくのは間違いないと思います。海賊行為への対策を話し合う会議でのNBC幹部の発言を紹介した最近のContent Agendaの記事に、「希少性と遍在性の間に実現可能なビジネスモデルがあるはずだ(perheps somewhere between scarcity and ubiquity there's a viable business model)」という言葉がありましたが、本当にその通りだと思います。アクセスや流通を企業側が厳しくコントロールすることでコンテンツの希少性(Scarcity)を生み出すという戦略を今の時代に追求することは不可能です。でも、コントロールを完全になくしてコンテンツがいつでも、どこでも、どのような形でも利用できるようにすること(Ubiquity)はビジネスとして成立しません。その間のどのあたりで上手くバランスが取れるのか、またその平衡点が時とともにどのように動いていくのかということをメディア企業もユーザーも見極めないといけないのかもしれません。

*1:もちろん、こうした状況があると認識することと実際にそれを行うことは別ですが