金融危機とコンテンツのネット配信ビジネス-1

僕は英米のニュースメディアやブログなどを主な情報源にして映像のネット配信の発展をウォッチしているのですが、リーマン・ブラザーズの破たんをきっかけに金融危機や株安・ドル安などが一気に広まる中、アメリカではオンライン・ビジネスの今後の見通しに対する論調に一部変化が見られるようになってきたように感じられます(全体の流れが変わっているというのではなく、あくまで一部に見られる動きです)。今日はそんな話をコンテンツのネット配信ビジネスに絡めて書いてみたいと思います。

僕が感じている変化とは、今回の経済危機によって、ここ数年ネット界が突き進んできた「いろんなサービスやコンテンツをユーザーに無料で提供して広告で収益を上げる」というビジネスモデルに揺らぎが見られるのではないかいうことです。このモデル全体の有効性が失われるということではないのですが、「無料+広告=万能」という公式が少なくとも一部の企業にとっては当てはまらなくなってきたのではないかと感じられます*1
たとえばSilicon Alley Insiderは先月、アメリカのオンラインのディスプレイ広告市場が2009年に10%程度縮小し、それによってディスプレイ広告への依存度が高いYahooやCNET, AOLなど*2は大きな打撃を受けるだろうという予測を出しています。

では、こうした変化は動画コンテンツのネット配信にも何らかの影響を与えるのでしょうか。ほとんどの動画配信ビジネスで採用されているビジネスモデルは、「CMをつけて無料でユーザーにコンテンツを流す」か、「ダウンロード販売やオンライン・レンタル、有料会員のような形でユーザーに課金する」のどちらかです。そしてこのブログでも度々取り上げているように、アメリカやイギリスのテレビ局はこの2,3年の間で相次いで番組の無料ネット配信に乗り出し、Huluに至ってはテレビ番組に加えて映画にもCMを入れて無料で提供するというサービスを開始するなど、映像のネット配信ビジネスは前者の「無料化」の流れが極めて強くなっている分野です。だとすると、景気の低迷に伴う広告費削減の動きがオンラインの分野にも及ぶのであれば、広告モデルの動画配信ビジネスは大きな影響を受ける可能性があります。そのことについて、少し考えてみます。

eMarketerはつい数日前の「Online Ad Spending Will Keep Growing (オンライン広告は成長を続けるだろう)」という記事で、上に挙げたSilicon Alley Insiderの主張とは対照的に、現在の経済情勢を勘案しても来年のオンライン広告は今年比で2桁の伸びを記録するだろうと予測しています。eMarketerが今年8月に出した発表では、今年から来年にかけてオンライン広告全体で14%の成長を見込んでいましたから、このひと月半で激変した経済状況を見てもオンライン広告の分野にはあまり影響なしと考えていることが読み取れます。8月発表のデータの内訳を見ると、eMarketerは今年から来年の1年間でディスプレイ広告が14%、オンラインビデオ広告はその3倍近い39%伸びると予測しています*3。だとすると、Silicon Alley Insiderが予測するように仮に景気悪化の影響でディスプレイ広告が10%程度の減少に陥ることはあっても、オンラインビデオの広告市場については、成長率が鈍化することはあっても引き続き伸びていくだろうということが推測できます。

ただし、これはコンテンツの広告付き無料ネット配信を行う企業であれば景気が悪くなっても安泰だということを意味するものではありません。アメリカのIT企業が発表したレイオフによる解雇者数の数をまとめているWired.comの表を見ると、VeohやPandoraなどの名前も挙がっています*4。広告モデルを採用しているネット配信企業の中でも下降する景気によって大きな影響を受けるところもあると言えそうです。

上のようなケースが示しているように、「ネット配信事業者たちの間での力の差を明確化し、少数の勝ち組とそれ以外の負け組をふるい分ける」ことが、今回の経済不安がネット上の動画配信ビジネスに与えるインパクトなのかもしれないと僕は感じています。たとえオンラインビデオの広告市場は引き続き成長するとしても、それはひと握りのトップ・プレイヤーたちに吸い取られ、それ以外のプレイヤーたちは恩恵を受けられないばかりか広告市場の成長率鈍化のあおりを受けてしまうという展開がひとつの仮説として考えられます。

だとすると、勝ち組と負け組を分けるラインは何なのでしょうか。それを考える上で参考になりそうな分析を、ジャーナリストのAndrew Keenが行っています。彼は、今回の金融危機とコンテンツ・ビジネスに触れたブログ記事の中で、「今回の景気低迷の結果として、人々が無料で知的労働の奉仕をするWikipediaMyspace, Youtubeのようなモデルに代わって、貢献した者にお金(cash)で報いるiTunesやHuluのようなモデルが成長するだろう」といったことを述べています*5Keenは、「コンテンツを配信する企業がユーザーに対して無料でコンテンツを流すかどうか」ということではなく、「コンテンツ配信のプラットフォームがコンテンツの提供者にお金を支払うかどうか」という点に着目しています。そして、無料で提供されるユーザー作成コンテンツがほとんど全てを占めるMyspaceYoutubeよりも、対価を支払ってプロが制作したコンテンツをラインナップに加えるiTunesやHuluの方が将来性があると主張しているのです。

Keenの「景気の悪い時にはユーザー作成コンテンツは流行らない」というような単純な言い分には多少疑問も感じますが、彼が用いた枠組みは使えそうです。彼が言っていることは、「景気が悪化して広告費が削減される中で、企業は仮にオンラインビデオに対する広告費の支出を増やしたとしても出稿先の選定には厳しくなり、ユーザーが作ったコンテンツや著作権法に違反しているかもしれないコンテンツが大量にある動画サイトよりも、きちんと対価を払って権利処理をした上でプロが作ったコンテンツを提供する動画サイトを好むようになる」というようにも読み取れるからです。以前、このブログでも「トラフィックの面から動画配信のプラットフォームを見るとYoutubeが圧倒的だけれど収益性を考えると権利処理をしたテレビ番組などを流すHuluの方がずっと優れている」ということを書きましたが(関連エントリー)、そうした傾向が今後はさらに強まって行くのかもしれません。だとすると、今の時点で質の高いコンテンツを合法的にネット上で提供する場としてのブランドを確立しているネットワークTV局のウェブサイトやHuluは、景気が冷え込む中で広告付きの無料動画配信を行うプレイヤーとしての優位性を今後強めていきそうだと言えるのではないでしょうか。先月、YoutubeCBSの一部番組を丸ごと配信するようになったというニュースがありましたが(関連エントリー)、それもこうした流れの中で起きた動きだと捉えられるのかもしれません。

*1:これまでも、このモデルがすべてのプレイヤーに有効だったわけではないと思いますが、多くのネット企業がサービスの無料化に向かっていたのは事実です

*2:ここで取り上げられているのは、いずれもアメリカでの話です。

*3:オンラインビデオの広告市場規模がオンライン広告全体のそれに比べて極めて小さいことにも留意が必要ですが

*4:Pandoraは映像のネット配信ではなくウェブラジオの会社ですが。

*5:Wired Visionに、彼が書いたエントリーの抄訳が載っています。