金融危機とコンテンツのネット配信ビジネス-2

前回のエントリーでは世界的な景気低迷が映像コンテンツの無料ネット配信ビジネスに与える影響について書きましたが、経済の悪化とオンライン・ビデオのビジネスの関係を考える上ではもう一つ別の視点があります。それは、「無料配信と有料配信の力関係はどうなるのか」ということです。

アメリカにおける動画のネット配信ビジネスは、2001〜2年頃にCinemaNow, Movielink, Intertainerといった先駆者たちがハリウッド映画をネットを介して有料で流す試みを始めたところから始まりました。当時はブロードバンドが普及する以前の時代でしたのであまり広く普及はしませんでしたが、その後2005年にAppleiTunesを通じて動画の販売を始めたことにより動画のネット配信ビジネスが再び注目を集めます。同じく2005年には、もうひとつ大きな出来事があります。Youtubeの登場です。これにより不法にアップされたテレビ番組がテレビ局のコントロールを越えた場所で大量にネット上に出回るようになりました。こうした状況に対抗するため、アメリカの主要テレビ局たちは次々に自前の無料ネット配信を始めていきます。それが2006年のことです。このように、アメリカの動画配信ビジネスは、有料モデルとして立ち上がった後に無料モデルが押し寄せてきたという構図になっています。もちろん、iTunesの動画販売が今でも健在であることからわかるように有料モデルが立ち行かなくなった訳ではありませんが、最近の潮流は明らかに「無料化の推進」というところにありました。では、今の景気低迷によって無料ネット配信事業者のビジネスを支える広告収入に悪影響が出た場合、有料配信ビジネスの存在感が相対的に高まることはあるのでしょうか。

そう単純な話にはならないような気がします。有料配信は広告市場の動向に影響を受けないとはいえ、やはり景気低迷の影響を受けると見られているからです。Los Angeles Timesに興味深い記事が出ていました(ContentAgendaに転載されたものしか見当たりませんでしたが、こちら)。そこには、「ハリウッドは不景気に強いと言われてきたが、ネットを通じて様々なテレビ番組や映画が無料で視聴できるという今の状況を考えると*1もはやそうは言えない。(今は無料で楽しめるコンテンツがたくさんあるので)不景気になると劇場での映画鑑賞やケーブルの有料チャンネル、Netflixの有料会員登録、DVD購入など、消費者はエンターテインメントのコンテンツに使う支出を切り詰めるようになる」という主旨のことが書かれています。消費者がより安いエンターテインメントを求め、無料のコンテンツをネット上で探すようになれば、それは有料配信ビジネスの発展を阻害し、無料配信モデルを後押しする要因となります。

広告費が削減されるのはそもそもモノが売れなくなるからだと考えれば、景気の低迷が有料コンテンツを扱うビジネスに悪影響を与えるというのは当然出てくる予測なのかもしれません。でも、上に挙げたLA Timesの記事が示すように、ただ収入が減ったからというだけでなく、海賊行為なども含めて無料でコンテンツを視聴する方法が数多く存在するからこそ景気の悪化によって有料モデルが打撃を受けるというところに、モノではなく情報を扱うコンテンツビジネスの特徴と今のネット時代の特性が現れているように感じられます*2。悪化する景気がネット上にあふれる無料サービスを支えているオンライン広告にどんな影響を与えるのかということについてはいろいろなところで議論されていますが、ウェブ上の有料サービスがどうなるのかということにはあまり目が向けられていません。実際、僕がカバーしている範囲では、今の経済情勢と有料モデルのコンテンツ・ビジネスを分析した書き物を見たのはこれが初めてで、非常に新鮮に感じました。

いずれにしても、景気低迷の中で削減されるオンラインビデオ向けの広告費*3と消費者が減らす支出の度合いによって、ネット配信の有料モデル、無料モデルの力関係が変わってくるのかもしれません。企業の広告費の落ち込みと個人消費の減少のどちらがより強いインパクトをオンラインビデオのビジネスに与えるのか、なんてことを誰かが分析してくれたら面白そうですね。

*1:もちろん、合法的に提供されているコンテンツだけではないのですが。

*2:これまで映画やゲームなどが不況に強いと言われてきたのは、旅行をしたり遊園地に行ったりという娯楽に比べて安いため、不景気で懐具合が芳しくない時でも比較的家計に負担をかけずに楽しむことができたからだと考えることができます。

*3:絶対額が削減されることに加えて、当初の予定、あるいは以前に予測されていたよりも伸び率が低下したという意味での削減も含みます。