ショート・フィルムとネット上のプロモーション活動

PHILIPSが自社の薄型テレビを宣伝するために流しているCMがちょっとした話題になっているようです。Adam Bergという人が監督した「Carousel」*1という2分ほどのショート・フィルムがそれです。Youtube上にもいくつか動画がアップされていますが、本家のPHILIPSのサイトで見るのがお薦めです。制作者たちが撮影の舞台裏を簡単に紹介するミニコーナーが見られたりするからです*2

作品は、病院(多分)を襲撃に来たピエロ姿の強盗団と警察が繰り広げる銃撃戦のある「瞬間」を切り取ったものです。暴力的な場面に不気味な音楽という内容の好き嫌いは別れるかもしれませんが、時間が止まったかのように全てが静止したシーンをカメラだけが動いていくという演出が斬新です。登場人物が人形やCGではなく生身の役者たちで、監督からの「凍ったように動くな」という指示のもとで演技に臨んで撮影されたものだと知ってさらに驚きました。

さて、このショートフィルム自体はこのようにとてもクオリティの高いものだったのですが、初めにこれをYoutubeで見たとき、僕はそれがPHILIPSの宣伝とどのように結びつくのかがよくわかりませんでした。劇中にテレビが出てくるわけでもなく、作品自体は宣伝臭の全くないものだったからです。でも、上に挙げたPHILIPSのサイトに行ってみてようやく理解することができました。

「Carousel」は、PHILIPSが「世界初」として売り出した、画面比21:9という映画館のスクリーンとほぼ同じ比率を持つ大型テレビ(その名もCinema21:9)の宣伝として作られたものでした。PHILIPSのサイトでは、この動画を21:9の他に今主流の16:9でもストリーミングしていて、その違いを見せながら「21:9のテレビを買えば映画館と同じような迫力の体験が自宅でもできる」ということを謳っているのです。つまり、高品質で宣伝臭のないショート・フィルムで映画好きの人々の関心を惹き、彼らが自宅でも存分に映画を楽しみたいのなら我が社のテレビをどうぞと売り込むのがPHILIPSの戦略のようです。

例えばネット上でショート・フィルムを流してプロモーションを行うという手法の草分けとして知られるBMWの「The Hire」(Wikipediaによる説明記事)シリーズでは、主人公がBMWの車を運転するシーンが必ず出てきていましたから、映画がきちんと会社と製品のプロモーションにもつながっていました。でも「Carousel」の場合は、作品の内容自体はプロモーションとは全く関係ありません。21:9の画面比の良さをわかってもらうのが狙いだとしても、Youtube上ですでに数十万回は再生されていることなどを見ると、PHILIPSの思惑どおり「21:9」のサイズでこのショート・フィルムを見て「16:9」との違いを実感してくれた人というのはもしかしたらそんなに多くないのかもしれないなという気がします*3。ただ、スポンサーとしてこの作品を作らせたことで、低落傾向にある薄型TVメーカーとしてのPHILIPS(日経新聞の記事によると、2008年の世界シェアは前年ひ-3.2%の7.0%)の存在に再び注目を集める効果はかなりあったのではないでしょうか。言わば冠スポンサーとしての知名度&好感度アップといったところです。PHILIPSがそれで良しとしているのかそれ以上を期待しているのかはわかりませんが、1人のユーザーの立場としてはこのような控え目なBranded Entertainment(と呼べるのかどうかもわかりませんが)には好感が持てます。

*1:回転木馬という意味。

*2:作品の途中で下のタイムゲージのところに3か所ほど現れる、ポップアップの表示(「DOP ON LIGHTING」など)をクリックすると見ることができます

*3:実際にこのテレビを買ったところで「21:9」の比率に対応しているテレビ用コンテンツが今どれ程あるのだろうかという疑問も沸いてきますが、ここでは深く触れないことにします。