日本でのオンラインVOD

日本に用事があり、ほんの数日ほどの短い一時帰国をしています。普段はアメリカのメディア事情を中心に学んでいるので、この機会を利用してインターネットと日本のメディア業界の変化についてもおさらいをしておきたいなと思って何冊か関連の本を読むことにしました。このへんが役に立ちそうかなと思ったのが「新版 図解放送業界ハンドブック」(西正 著、2007)、「ITvs放送 次世代メディアビジネスの攻防」(西正 著、2005)と「ネットコンテンツ・ビジネスの行方」(山崎潤一郎 著、2007)です。これらの本には、なぜ日本ではオンラインVODがアメリカやイギリスのように発展していないのかという疑問を解く手がかりが書かれていました。

まず、両氏が共通して指摘しているのは、テレビ番組をVOD配信するのは権利処理が煩雑だし、テレビ局はあえてVOD事業に乗り出す必要性を感じていないということです。特に権利に関しては、従来の放送利用のための権利処理ではオンライン配信の分までをカバーしていないので、オンラインVODに向けた壁が高くなるようです。西さん(2005)は、日本では番組を通信系サービス(ネット配信など)で利用する際には別途著作権者や著作隣接権者の了解を得ることが必要になり、ここがゼネラル・プロデューサーが著作権処理を一手に行えるアメリカの制度とは大きく異なる点だと述べています。確かに、先日まで行われていたハリウッドの脚本家ストライキの争点がオンライン配信をして良いかどうかではなく、そこから得られる収入をどう分配するのかという点だったことを考えると、アメリカではプロデューサー、及びそのバックにいるスタジオやテレビ局がコンテンツの多メディア展開をしやすい状況にあるのかもしれません。

また、テレビ局がVOD配信の必要性を感じていないという点についても、ケーブルチャンネルの興隆などによって視聴者シェアの低下に歯止めがかからないアメリカのメジャー・ネットワークと違って日本の地上波テレビ・ネットワークは未だ圧倒的な力を持っていますし業績も好調です。あえてそのモデルに変更を加えてもしかしたら本業に悪影響を及ぼすかもしれないVODを始めることに消極的だというのも理解できます。

ただ、このほかに挙げられている説明のいくつかについては、本当にそれが正当な理由と考えられるのかなと思える点もありました。例えば、山崎さんはVOD配信からはあまり収益が見込めないからテレビ局は積極的でないのだと分析しています。しかし、ここで挙げられているトレソーラ(フジ、TBS,テレ朝が実験的に行った番組のブロードバンド配信事業)の失敗やVODによるレンタルサービスがあまり収益を出せないといった例は、いずれもユーザーに課金することを前提としたモデルです。アメリカやイギリスでの番組のネット配信は広告を入れた無料のVODが主流になっていることを考えると、このモデルの収益性はどうなのかということを考える必要があります。

西さん(2007)によると、番組の制作費も元々はスポンサーが出したものだから、本放送と際のスポンサーと競合する企業が再放送のスポンサーにならないような配慮が必要で、そのため広告モデルでネット配信を行う場合はテレビ番組ではなく独自コンテンツを流す場合が多いそうです。でも、再放送でのスポンサーに気をつけなくてはいけないというのはオンライン配信に限った話ではないはずです。地上波での再放送もそうですし、昔のテレビ番組を流すCSチャンネル(TBSチャンネルなど)でも、それがCMつきである限り状況は同じでしょう。本放送のスポンサーに気を遣うから広告つきの再放送やVODはできない、というのは、それだけでは理由として弱い気がします。民放はBSデジタルで広告集めに苦労したからオンラインVODでは広告モデルを取りたがらないという推測もできますが、オンラインVODはBSデジタルのように専業の別会社を立ち上げるわけではなくて本体の事業のひとつとして取り組めばよいことですから、新たな収入源のひとつとみなせば広告モデルでも成り立つのではないかという気がします。それは、必ずしも地上波やBSの広告費を奪うものではありません。週刊ダイヤモンドに「コカ・コーラが広告費の3割をテレビから他の媒体に移す」という記事がありましたが、このような広告支出をオンラインVODですくい取るという戦略も可能なはずです。では、なぜそうしたモデルが出てこないのでしょう?答えはわかりませんが、とても興味深い点です。

さらに西さん(2005)は、ブロードバンドを利用した番組配信は視聴者への配信ラインを放送局ではなく通信事業者が握ることになるので放送局は強いアレルギーを持っているとも述べています。本当にそうなのかもしれません。でも、例えばケーブルテレビの世帯普及率が42%(2007年12月末)に達しこれらの世帯へはすでに地上波の放送局は直接の配信ラインを持っていないことを考えると、そのアレルギーというのはそれ程強いものなのだろうかという感じも受けます。

こうして見てくると、結局はテレビ局が既存のビジネスモデルを守るためにいろいろな理由を考え出してオンラインVODをあまり発展させないようにしているのでは、という印象が後に残ります。もうひとつ感じられるのが、このような議論の中で視聴者のニーズや利便性が全く考えられていないなという点です。番組をオンラインで、自分の好きな時間に、しかも無料で視聴したいというニーズがあるのは、Youtubeに大量のテレビや映画の画像がアップロードされていたという例からもわかりますし、今でもTudou.comやYouku,comなど中国に本拠を置く画像の投稿・共有サイトには日本のドラマやアニメの海賊版がたくさんアップされています。こうした海賊行為に対応する為にも、訴訟や運営業者にプレシャーをかけるだけでなく、合法的な形で放送局が番組をオンライン配信することは有効なのではないでしょうか。例えばHuluのように、(一定の制限があるとは言え)視聴者のneedsやwantsに応えることが自社の利益にもつながるという発想を持ってオンラインVODを提供してくれる放送局が日本にも早く現れればよいのにな、と思います。