Huluの衝撃 -2

前回のエントリーでも紹介したように、Huluはプロが製作したプレミアム・コンテンツをユーザーがいつでも(Anytime),どこでも(Anywhere),どのような形ででも(Anyhow)楽しめるようにすることを目標とした会社です。ユーザーにとっても、もしそんな環境はとてもありがたいものです。ただ、ビジネスとして考えたときにそれを実現するのは決してたやすいことではありません。

Huluが抱える最初の課題は、いかにしてより多くのコンテンツを提供できるようにするかということです。魅力的なコンテンツを出来る限り多く取り揃えることがオンライン配信サービスの成功には欠かせません。そうしないとユーザーが来てくれないからです(2年ほど前に鳴り物入りで登場したJoostは、第一級のコンテンツを集めることに苦労しており、それがユーザー数の伸び悩みにつながっています)。Huluは自らがコンテンツの権利を所有している会社ではないので、スタジオやテレビ局、ケーブル局などのコンテンツ・プロバイダーと契約をして番組をオンラインで配信する権利を得なくてはいけません。でも、コンテンツ・ホルダーは番組の提供にあまり積極ではないことがままあります。彼らはオンライン配信の普及によって既存のビジネスの基盤が揺らぐ(例えばDVDの販売が減ることなど)ことを恐れているからです。Huluがコンテンツ・ホルダーからの協力を取り付けるためには、既存ビジネスに大きな悪影響を与えない程度にオンライン配信の成長速度を抑えなくてはいけません。その上で、コンテンツをHuluに提供することによってコンテンツ・ホルダーの全体的な利益が増加することを示す必要があります。オンライン配信の成長と既存ビジネスへの配慮という異なるベクトルのバランスを取ることがHuluには求められています。

既存ビジネスへの配慮ということで言えば、コンテンツ・ホルダーだけでなく、従来からネットワークの番組を放送してきた系列局(アフィリエイト)やそれらを購入して放送している海外のテレビ局との関係にも気をつけなくてはいけません。地方の系列局はインターネットでの番組配信が自局の視聴率を押し下げ広告収入の減少につながるのではないかと懸念していますし(ネットワーク自体は番組を提供することによってオンライン配信から得られる広告収入の一部を受け取ることが出来ますが、コンテンツ・ホルダーではない系列局にはHuluの広告収入は配分されません)、海外の放送局にしてもわざわざ購入した番組がHuluによって国境を越えて提供されてしまっては困るのです。Huluのサービスがアメリカ限定になっている理由のひとつはここにあります。インターネットのグローバルなリーチを利用すればHuluを世界のどこからでもアクセスできるようにすることは簡単に出来るはずですが、ビジネス上の制約を考えると、技術的に可能だからといってそれを行えるのかどうかは別の問題になるのです。

さらに、Huluはブロードバンドの回線容量にも気を遣わなくてはいけません。映像の配信は必要とされるデータの容量がとても大きくなります。しかも、Huluの番組配信はP2P形式ではありません。もしHuluのサービスが大人気を博してアクセスが急増した場合、今のブロードバンド回線の容量を圧迫してしまうおそれがあります。この点からも、Huluはただ闇雲にユーザーを増やしてどんどんコンテンツを視聴してもらえばよい、という戦略は採れなくなります。Huluは、既存のビジネスモデルに大きく依存しているコンテンツ・ホルダーやシンジケーション先の放送局との関係を考えながら、また技術的な制約の中でユーザーの期待に応えるサービスを提供していかなければならないのです。

このように、配慮とバランスはHuluのビジネス展開に欠かせない要素ですが、先日の本格オープンに伴うサービス内容の拡充は、そうした課題に対するHuluなりの今の時点での回答だと見ることが出来ます。本格オープンにより、Huluは新たにワーナーとLionsgateをコンテンツ提供のパートナーとして迎え、NBAやNHLなどのスポーツクリップも配信することになりました。これにより提供するコンテンツが従来の4倍にも増え、今は250のテレビシリーズに加えておよそ100本も映画を広告つきの無料配信しています。次に、Huluは新たな広告モデルを導入し、例えば車のメーカーがCMを出す際にいくつかの選択肢の中からユーザーが自分の好みのタイプの車を選んでそれのCMを見る、といった形の宣伝を可能にしました。そして、本格オープンに伴い、これまでは登録・招待制のサービスだったものを、アメリカ国内からであれば誰でもアクセスできるように変更しました。

このコンテンツの増加は、かなりインパクトのあるものだと感じています。最新のドラマやコメディだけでなく「エアウルフ」や「奥様は魔女」などの以前の作品も提供することによりユーザー層が広がることが期待できますし、また映画を本格的に無料提供し始めたことにより、従来の「テレビは広告をつけて無料でオンライン配信するけれど映画は有料配信」というモデルを突き崩す契機となる可能性を持っています。また、国内限定とはいえアクセスをオープンにしたことはユーザーの数を増やすことにつながるでしょう。目標が大きいだけにまだまだ解決していかなくてはいけないことがたくさんありますが、本格オープンに伴うサービス拡充は、Huluが少しずつでも目標に向かって進んでいこうとする強い決意を現したものだと感じられます。今後、これがどういう成果をもたらすのか注目していきたいと思います。