Huluの衝撃 -1

昨晩、いつものようにメディア関連のニュースを探しているうちに、Varietyの記事を見つけて驚きました。Hulu(フールー)が水曜日(こちらの時間で明日)本格運用を開始すると書いてあったからです。HuluはNBCとNews Corpが共同で設立したベンチャーで、この2社のドラマやコメディをはじめとするテレビ番組をネット上で広告をつけて無料配信する会社です。びっくりしたのは、本格運用に伴ってHuluのサービス内容が大きく拡充すると紹介されていたからです。利用者を制限している今のβ版(登録の申し込みをして招待されないとログインできない)からアメリカ国内からであれば誰でも見られるようにアクセスを開放するだけでなく、提供するコンテンツの数を4倍に増やしたり、新しい広告形態を取り入れたりするなど、視聴者に対しても広告主に対してもサービスの幅を大きく広げる改善が施されています。この機会に、以前から書こう書こうと思っていたHuluのビジネス戦略について考えてみたいと思います。

NBCとNews Corpが共同でオンラインのビデオ配信サイトを立ち上げるという発表が行われたのは、2007年3月でした。AOL,MSN,Yahoo,Myspaceなどがコンテンツの配信パートナーとして加わること、また24The Simpsonsなどの人気番組が提供されることもこの時点で明らかにされていました。ただ、実際の社名(Hulu)が決まるまでそこから5ヶ月もかかったことに象徴されるように、事前の評価は「動きの遅い旧メディアがインターネットの世界に乗り出してきても大したものにはならないだろう」という冷ややかなものが多く見られました。

しかし、昨年10月29日にβ版がオープンしてみると、Huluはシンプルで使いやすいインターフェイスや見たい番組の探しやすさ、そしてあまりストレスを感じずに番組を視聴できるストリーミング環境など、かなり質の高いサービスを実現していることが明らかになってきました。冒頭で紹介したVarietyの記事によると、ベータ版を開始してからこれまでの間に500万回のコンテンツ視聴があり、またHuluが提供するコンテンツは5000のウェブサイトに50000回も貼り付けられているそうです。利用者数を制限していたβサイトでこの数値ですから、本来はもっともっと多くの視聴者を惹きつける力を持っていたと言えるでしょう。実際、「ユーザーはHulu上のコンテンツを自由に自分のホームページやブログに貼り付けられる」という特徴を利用してHuluの全てのコンテンツをアクセス自由なウェブサイトに掲載してしまったOpen Huluというサイトまで登場してしまったほどです。

Huluは、ABCやCBS,あるいはイギリスでBBCやChannel4が提供しているオンラインVODとは大きく異なるビジョンを持っています。それらのネットワーク局が運営するオンラインVODは基本的に「自社がテレビで放送した番組(の一部)を自社のウェブサイトを通じて提供する」という自己完結的なサービスです。もちろん、例えばアメリカのネットワークであれば各都市の加盟局(アフィリエイト)のウェブサイトからでも番組が視聴できたり、あるいはCBSはAudience Networkという名前のオンライン配信ネットワークを組織して自社のコンテンツがAOLやComcast, Joostなどパートナーのサイトを通じても視聴できるようにしているので、完全に「閉じた」サービスとは言えないかもしれません。とはいえ、Huluは次のような点でとてもユニークなビジネスモデルを採用しています。

○会社の枠にとらわれずできるだけ多くのプレミアム・コンテンツ(テレビで放送されるようなプロが制作したコンテンツ)を提供しようとしている点
→Huluは、親会社のNBCとNews Corpだけでなく、SonyやMGMといった映画スタジオ、E!Entertainment,National Geographic, USA, Bravoなどのケーブルチャンネルからもコンテンツの提供を受けています
○Huluにコンテンツを提供していないABCやCBSの番組についても、彼らのウェブサイトにリンクを貼ることでHuluで検索してそちらに飛んでいくことができるようにしている点
→例えばHuluに来た人がABCのドラマLostを検索したとすると、abc.comのここに行けばその番組が見られるという形で検索結果が表示されます。これによってネット上のプレミアム・コンテンツを探し出すプラットフォームとしてのHuluの価値が高まります。
CBSと同様、自社サイトで直接ユーザーにコンテンツを提供するだけでなく、AOL.Comcast,My Space, Yahooなどのサイトからもアクセスできるようにしている点
○HuluのコンテンツのURLを友人にメールで送付したり、コンテンツを自分のウェブサイトやブログに簡単に貼り付けられるようにして、ユーザー同士がコンテンツを「シェア」することを認めている点
→Huluはコンテンツのダウンロードを許可していないので、コンテンツを自分のものにすることはできません。ただ、このような形でのシェアを可能にすることによって、Huluが介在せずにユーザー同士の間で勝手にコンテンツが広まっていくことが期待できます。

このように、コンテンツのAggregation(集積)、Distribution(配信)、Sharing(共有)の間口を可能な限り広く、オープンにするという点がHuluと他のネットワークによるオンラインVODの決定的な違いです。広告でサポートされるテレビのビジネスは、これまで

?視聴者を最大限にすること
?コンテンツへのアクセスをコントロールすること(例えば、プライムタイムの番組はネットワークで放送された後DVD化され、ものによっては同系列のケーブル局で再放送された後に数年後シンジケーション市場に出回る、また国内リリースから時期を置いて海外の放送局に販売される、という形でメディアや場所によってリリース時期や価格をコントロールするウィンドウ戦略が一般的に採られています)。

というしばしば相反する2つの目標をバランスを取りながら追求することで利益の最大化を図ってきました。ただ、グローバルでオープンで、コピーやシェアが簡単にできてしまうインターネットが映像コンテンツの配信プラットフォームとして成長してきたことで、コントロールの度合いをどうするのかという判断がメディア企業にとって極めて難しくなってきています。一方ではDRMを利用してコピーライトの保護を徹底的に強化し、一定の条件を満たすユーザーのみに対して、特定のサイトでコンテンツを視聴させる(コピーやシェアは不可)というモデルが存在します(多くの放送局のVODはこのパターンです)。他方で、Huluはコピーライトを保護しつつもなるべくアクセスやシェアをオープンにすることで利益を得ようとしています。そして、単純に考えて視聴者数の増加が広告収入の増加に結びつくのであれば、ウェブ上の広告つきテレビ番組配信のモデルとして有望なのはHuluのモデルなのではないかと感じられます。

Huluのユニークな戦略は、ウェブサイトに掲載されているとても野心的な使命(Mission Statement)に基づくものです。Huluは、「ユーザーが世界中のプレミアム・コンテンツをいつでも、どこからでも、どのような形ででも見つけ出し、そして楽しむ手助けをする」ことを使命としています(原文:Hulu's ambitious and never-ending mission is to help you find and enjoy the world's premium content when, where and how you want it.)。また、今のところはアメリカ国内からのアクセスだけしか認めていないけれど将来的には世界中でHuluが利用できるようにしたいとウェブサイトに明記している点も、他の放送局によるVOD(イギリスでもアメリカでも、放送局によるオンラインVODは全てドメスティックなサービスで、国外からアクセスすることはできません)には見られない特徴です。

もちろん、目標が大きい分、そこにたどり着くまでに解決しなければいけない課題も山積みです。ただ、こんな大きなことを考える会社が旧メディア(放送局)の側から生まれてきたというのはとても興味深いことです。次回は、Huluが抱える課題と、その中で今回の本格運用開始に伴うサービス拡充がどのような意味を持つのかを考えてみたいと思います。