PBSに見る視聴者とのエンゲージメント

アメリカの公共テレPBSが、この春面白いキャンペーンをしていました。視聴者に呼び掛けて、PBSのオンラインでの取り組みをPRする30秒程度の動画を制作・応募してもらおうというものです。

Your PBS Video Contest http://memelabs.com/pbs/

テレビ局がネット上のユーザー作成コンテンツを取り込もうとする試みのひとつだと言ってしまえばそれまでなのですが、このキャンペーンに特別興味を持ったのは2つ理由があります。まず、PBSのネットへの意気込みをよく表している試みだったこと。そして応募作品から、視聴者とPBSの強い結びつきが感じられたことです。

巨大メディアコングロマリットの傘下が大きな影響力を持っているアメリカのテレビ業界において、PBSはあまり目立たない存在です。日本で言うならば「ニュースもやる教育テレビ」といった感じのイメージでしょうか。でもそんなお堅いテレビ・ネットワークが、このところネット上でのサービス展開を加速させています。例えばアメリカの他の多くのテレビ局と同様、PBSも自社の番組をネットでも配信していますが、ドキュメンタリーなど一部の主力番組はアメリカ国外からでもネット上で視聴できるようにしています*1。また、「セサミ・ストリート」や「Curious George (おさるのジョージ)」などをラインナップに持つ子ども向けのPBS Kidsのサイトには番組と連携した動画や教育ゲームが豊富にありますし、それと対をなす親向けのPBS Parentsでは、番組やキャラクターを使った子どもとの接し方がいろいろと紹介されています。どちらもかなり充実したコンテンツを揃えています。さらに最近では、複数のTwitterアカウント (@PBS, @PBSKids, @PBSVideo, @PBSTeachers, @PBSTeachersなど)を利用した情報提供やFacebook上でのページ展開に加えて、自社サイト上にSocial Media Labというページを設け、実験的なものを含めた各種の試みをオープンに公開しています。こうした事例が積みあがっていく様を見ると、PBSが、「テレビが主、ネットが従」という従来の捉え方から「テレビでも、ネットでも」という方向に意識をシフトさせつつあることが感じられます。

そして、これらの取り組みをより広く人々に知ってもらおうという狙いで行われたのがYour PBS Video Contestです。18歳以上でアメリカに合法的に居住していることが参加資格で、「オンラインでPBSとどう関わっているか (How you engage with PBS online)」を表す30秒程度の動画クリップを作成するというのがテーマです。一応優秀作品には賞品が出るのですが、最優秀作品の副賞がテキサス州のオースティンに招待されPBSの開発中の新番組を見たり幹部と話をしたりといったツアーで、優秀賞5作品には500ドル相当の景品とギフト券と、金額ベースで考えるとそれほど高額なものではありません。でも、寄せられた作品は非常にレベルの高いものでした。

いくつか、作品を紹介します。まずは最優秀賞。
● "PBS Taught Me" by Michael Kelvin Lee (こちら


次に、作品を見た視聴者からの支持を最も集めたPeople's Choice賞。
● "Online to Explore" by Henry Michael Basta, Jr. (こちら


そして、優秀賞のひとつで、僕が個人的に一番気に入った作品。
● "The PBS Song" by Cole Williams (こちら


5年前なら「PBS」と「ネット」と「ラップ」を結びつけることなど誰にも思いつかなかったでしょうが、"The PBS Song"ではそれらが見事にまとめ上げられています。

Your PBS Video Contestの取り組みを知った時は、正直、子どもと中高年が主要な視聴者ではないかと思われるPBSがユーザー作成コンテンツを募集するのはちょっと場違いなんじゃないか、という気がしました。でもこうして出来上がった作品たちを見ると、PBSには若い世代のサポーターも多くいて、彼らがものすごいクリエイティビティを発揮してくれたのだということがわかります。実際これは、「PBSには難しい」のではなくて「PBSだからこそ成功した」キャンペーンに仕上がったな、というのが今の感想です。

例えば、上に紹介したCole Williamsは作品に添えたひと言の中でこう書いています。

それ(PBS)は、オーガニックな感触を残した本当に数少ないチャンネルのひとつさ。

また、別の優秀賞作品"My PBS"(こちら)の中で作者のJeremiah Mayhewは「僕にとってPBSというのはつまりインスピレーションなんだ」(To me, PBS equals inspiration.)と述べ、"Tuned Out?" (こちら)の作者Stefan Ganchevは「まだ、PBSとつながるのにテレビが必要だと思ってるの?」(still think you need a TV to be connected with PBS?)と言っています。

こうしたコメントから感じられるのは、「商業的な価値を追わない」というPBSのあり方と「ネットでのサービスに本気で取り組む」という姿勢が若者たちの共感を呼び、(優秀作品には賞品があるにしろ)無償でこのキャンペーンに関わってみようという気持ちにさせたのではないかということです。この2つの要素は、どちらも欠かすことのできないものです。公共テレビであるPBSの価値観に好意を持っていたとしても、もしこれがテレビでのPBSの取り組みを扱うキャンペーンであったなら、恐らく成功はしなかったでしょう。逆に公共性を最優先しない他のテレビ局などが自社のネットでの取り組みをPRしようとしても、ここまで熱心な参加者たちは集まらなかったのではないかという気がします。

ある主体が自分の共感できる価値観を持っていることと、自分が日々活動し、大切にしているフィールドにその主体が真摯に歩み寄って来てくれていることが実感できること。今回のケースで言えば「主体」がPBSで「フィールド」がインターネットに当たるのですが、この2つが組み合わさった時にサービスの提供者と利用者の間でエンゲージメントが生まれるのだろうな、と思いました。

*1:以前「Digital Nation」という番組のことを書きましたが(こちら)、これもPBSの番組です。