広がるTEDのオープン翻訳プロジェクト

このブログでTEDのことを書いたはちょうど3か月前のことですが(こちら)、その時に「最近始まった取り組み」として紹介したTEDのオープン翻訳プロジェクト(英語で行われているTEDの講演にボランティアが他の言語の翻訳字幕をつけて公開するプロジェクト)が順調に成長しています。先ほどTEDのサイトで確認したところ、現在までにそうして翻訳字幕がつけられたTEDの講演が1545、いま作業が進められているものが2526もあるそうです*1。最初にこのプロジェクトの話を見た時には、すごくいい試みだけどそんなに急には広まらないかもしれないなと感じていました。それなりの語学力や作業時間が求められるはずですから、オープンとはいえ誰でも参加できる訳ではなさそうだからです。でも、やはりそれぞれの講演に「この話を自分の母国語でも広めたい」と思わせるだけの力があったということなのでしょう。

日本語字幕でも、現時点で60を超えるTED Talksを視聴することができます。以前も書きましたが、TEDはTechnology, Entertainment, Designの頭文字を表しています。多彩なTED Talksの中にはこれらの分野を扱うものが多くあり、このブログで取り上げているテーマに関連する講演もあります。今日は、日本語字幕がつけられているTED Talksの中からそうしたものをいくつか紹介したいと思います。

Evan Williams on listening to Twitter users (邦題 エヴァン ウィリアムズ「Twitterユーザーの声に耳を傾ける」), 2009年
Twitterの共同創業者でありCEOでもあるEvan Williamsが今年2月にTED Conferenceで行った講演を収録したものです。Twitterが、親しい人に自分の近況を簡潔に伝えるという当初想定された機能を超えて個人や企業の新しいコミュニケーションツールとして発展してきた様子が、サービス提供者の側から語られています。最近Twitterのことは各所で話題になっていますが、そのトップの生の声が動画で見られる興味深い講演です。

Jacek Utko designs to save newspapers (邦題 ジャセック・ウツコは問う「デザインは新聞を救えるか?」), 2009年
元は建築家だったというJacek Utkoは、レイアウトや見栄えを全く気にしていなかったロシアや東欧の新聞にデザインの概念を持ち込み、斬新なフロントページや記事の構成を取り入れることで大きな成功を収めました。豊富なスライドを用いながらその様子が語られます。紙面全体をひとつの楽曲のような作品としてとらえ、そこに含まれるリズムやアップダウンも含めてデザインを考えるべき、という主張には頷かされました。Utkoは紙の新聞について話していますが、それをウェブ上に置き換えると、このブログで以前に書いた(こちら)「記事の見せ方」や「記事の塊を活用していく力」といったことにもつながると感じました。

Alisa Millar shares the news about the news (邦題 アリサ・ミラー ニュースのニュースについて), 2008年
Public Radio International(アメリカに本拠を置く公共ラジオの団体)のCEOであるAlisa Millarによる講演です。アメリカ国内でメディアによって伝えられるニュースがどれほど自国内での出来事−特に芸能関係のゴシップニュースなど−に偏重しているか、また国外の出来事といってもイラクのように特定の場所のみがクローズアップされ、全体として著しくバランスを欠いているかということが厳しく指摘されています。ニュースの報道量に基づいて世界の国々の面積を書き換えた地図は必見です。世界のグローバル化が進む一方で主流メディアは海外特派員の数を減らし、APやロイターなど通信社への依存を深めているという実態がある、という話を聞くと、伝統的なメディア企業−特に速報性に劣る新聞−の生き残る道はやはり徹底したローカル志向なのかもしれないな(関連エントリ)なんて思います。

Larry Lessig on laws that choke creativity (邦題 ローレンス・レッシグ:法が創造性を圧迫する), 2007年
日本でも「CODE」や「コモンズ」などの著書で知られるスタンフォード大の法学者Lawrence Lessigによる講演です。インターネットは人々が文化の創造に再び参加できるようにする大きな可能性を持っている一方で、ネット上では企業や法律がコンテンツ利用への制約をかつてないほど厳しくしているという主張をベースに、今の若者たちに広まっているリミックス文化についての議論が展開されます。まだ邦訳はありませんが、彼の最新刊である「Remix: Making Art and Commerce Thrive in the Hybrid Economy」(2008年)の内容と近いことを言っている気がします。

Jeff Skoll makes movies that matter (邦題 ジェフ・スコールは、社会を変革する映画を作っています), 2007年
eBayに初代の社長として参加して財をなしたJeff Skollが、社会をより良い場所にするという長年の夢を実現するために社会問題に焦点を当てた映画を製作するプロダクション(Participant Productions)を設立する経緯が語られています*2。このプロダクションが製作した映画には、「Good Night, and Good Luck」や「An Inconvenient Truth(不都合な真実)」、「Kite Runner (君のためなら千回でも)」などが含まれるんだそうです。アメリカでは経済的に大成功した人の次のステップとして社会活動や慈善活動に取り組むというのがよく撮られる道ですが(ビル・ゲイツなどもそうです)、その一環として*3こうした形でコンテンツ産業に関わろうとする人がいるというのは嬉しいことです。

TEDの講演には他にもすごく面白いものがたくさんありますが、ここで挙げたような話は、メディアやコンテンツのビジネスの今後を考える上で非常に参考になるのではないかと思います。

*1:一つの講演でも5つの言語に翻訳されれば「5」とカウントされるので、公開されているTED Talksよりも数が大きくなります

*2:今はParticipant Mediaという名前になっています。

*3:Participant Productionsは非営利ではありませんが。