デジタル・サイネージとスーパーのブランディング

イオングループジャスコがレジ付近にディスプレイを設置して販促活動を行う実験を始めるなど、日本のスーパーでもデジタル・サイネージの導入が始まっています。大勢の人が毎日買い物に訪れるスーパーでディスプレイを通じて顧客に直接メッセージを伝えることができるというのはに可能性を秘めているように思えます。今のところはモニターでその日の目玉商品を紹介したりレジ前で「最後のひと押し」をしたりといった使い方が主なようですが、これらのモニターをフレキシブルな情報発信ができるメディアだと捉えると、販促だけでなく上手く使えばブランディングの面でも大きな効果が期待できるのではないかという気がします。

スーパーがブランディングを行う際のポイントの一つが、他の店と差別化することです。そして、食品スーパーということで考えると、「安全・安心」というイメージを確立している生協(コープ)を覗いて、多くの日本のスーパーは差別化がほとんどできていないように感じます。紀ノ国屋やクイーンズ伊勢丹のような多少高級路線を狙っている店というのはありますが、街中でよく見かけるスーパーでは、ジャスコいなげやマックスバリュマルエツも、あまり違いがわかりません*1。だから、チラシの安売り情報が集客の大事な要素になるのです。

アメリカでも状況がそんなに違う訳ではありませんが、中には上手なブランディングをしている食品スーパーもあります。そういう店は店舗の作りや扱っている商品、その陳列なども工夫しているのですが、ウェブサイトも非常に個性的です。例えば、新鮮な青果や自然食品など売りにしているSprouts Farmers Market。ここはアリゾナ州が本拠地なのですが、アメリカの西部や南西部で急速に成長しているスーパーのひとつと言われています。ウェブサイトを覗くと(こちら)、「アメリカの豊かな恵み」といったイメージが巧みに表現されているのがひと目でわかります。実際の店舗でも、野菜や果物を山盛りに積み上げるディスプレイがとても上手なのですが*2、そのコンセプトがそのままウェブサイトに反映されているので、サイトを見るだけでこのスーパーは例えばRalphsVonsといった他の大手スーパーとは違うなということがわかります。また、サイト上で各種のレシピや扱っている製品のカロリーなどを見ることができるようにしているのも特徴的です。ブランディングと情報発信の重要性をよく理解し、実践しているスーパーだといえます。

もうひとつ、Trader Joe'sもブランディングを強く意識したスーパーです。日本でもここのエコバッグが人気だったりしますが、アメリカ西海岸のからっとした陽気や気取らないお洒落といった要素を売りにしているスーパーです。ここは例えば、売り出し商品の写真をメインに構成される一般的なスーパーへのチラシと違って顧客に手紙を書いているかのような字が主体のチラシを作成するなど(こんな感じ)メッセージを大切にしているのですが、ウェブサイトでもその方針を貫いています。特徴的なのは、来店者向けに流している店内のPR放送を「店舗ではいろんな音が混じっていて聞こえづらいから」とネット上にアップしてオンデマンドで聞けるようにしているところでしょうか。こちらで「ラジオ」を選択して、地域(アリゾナやカリフォルニアなど)を選ぶと聞くことができます。下手にこんなことをしたら反感を買いそうですが、顧客との関係をきちんと作り上げているスーパーが行えば店内放送も立派なコンテンツになるんだなと感心してしまいました。

Sprouts Farmers MarketとTrader Joe'sに共通するのは、自らを特徴づけるしっかりとしたビジョンを持ち、それを商品構成や店舗の作りなどに反映しただけでなく、ネットを含めた様々な方法でそれを顧客に伝えようとしていることです。また、どちらのスーパーも他のところと比べて店員の感じがとても良かったことを覚えています*3。どちらのスーパーも、「商品も店員もチラシもウェブサイトも、自らのビジョンやメッセージを伝えるためのコンテンツだ」と考えているのかもしれません。

「フランス風」を掲げて日本に進出してきたものの失敗に終わったカルフールの例もありますから、差異化だけで全てが上手くいく訳ではありません。商品の品質や鮮度、値段といった点が重要なのはもちろんです。でも、日本の食品スーパーはすでにそれらの分野で激しく競い合っているのですから、彼らの中でブランディングをより重視するところが出てきてもいい気がします。そういうスーパーこそ、デジタル・サイネージをもっとも活用できるのではないでしょうか。

*1:もちろん看板などは違いますが。

*2:ディスプレイだけでなく、ここの野菜や果物は美味しいものが多かったです

*3:アメリカやイギリスのスーパーでは、日本のような「お客は神様」的な扱いを受けることはまずありません