アナログとデジタルの狭間で

昨日のエントリで取り上げたBusiness Weekの話は、デジタル時代にメディア企業が抱える課題の大きさを示しています。繰り返しになりますが、「ネットを上手に取り入れないメディアは競争に取り残されるけれど、ネットを上手く活用したからと言って必ずしも成功が保証されるわけではない」からです。この点を考える度に思い出すのが、NBC UniversalのCEO Jeff Zuckerの言葉です。

"We can’t trade analog dollars for digital pennies."
(アナログのビジネスで稼げるドルを、デジタルのビジネスから得られるペニーと
交換する訳にはいかない。)

地上波やケーブルTVなどの伝統的なビジネスからは1ドル稼げるのに、同じことをネット上でしても1ペニー(ドルの1/100)にしかならない。であれば、なぜわざわざ既存ビジネスに悪影響を与えてまでデジタルの世界に乗り出さなければいけないんだ?、といった意味合いで、Zuckerの代名詞と言えるほどよく引用されるフレーズです。

もちろんZuckerはNBCのCEOとしてNews CorpとともにHuluを立ち上げる際に大きな役割を果たしたはずですから、ネット配信などのデジタル・ビジネスを頭から否定している訳ではありません*1。また、彼は今年3月には「デジタルから得られるのはダイム(10セント)ぐらいにはなっている」と述べているように(NewTeeVeeの記事)、徐々にではありますがデジタルのビジネスが成長してきていることを認めてもいます。でも、自分たちにとって収益の主力となるのはあくまで伝統的なアナログのビジネスだという姿勢をZuckerは貫いています。

Zuckerの発言は彼のフィールドである映像メディアのことを念頭に置いたものかもしれませんが、恐らく同じ考えは新聞やラジオ、雑誌などを含めて多くのメディアの経営陣、特に広告収入への依存が高い企業の人々に共有されているものではないかと思います。たしかに、今の収益構造を見ればその通りなのでしょう。例えば、映像コンテンツのネット配信ビジネスで最大の勝ち組と言われているHuluでさえ、今年の収入見込みは180〜200万ドル程度(200億円弱)と言われています。広告収入が大きく落ち込んでいるとはいえ数千億円を稼ぎ出すアメリカの地上波ネットワークTVとは比べるべくもありません。

でも、一方で忘れてはならないのは、たとえ現時点ではデジタル・メディアが収益面でほとんど貢献していなかったとしても、ユーザー側では確実にデジタル・メディアへの移行が進んでいるということです。Facebookが2億人以上の会員を集めているというのもその一例ですし、日本でも、20代男性ではネットの利用時間がTVのそれを上回ったという博報堂の調査が今年発表されたりしています(CNET Japanの記事を参照)。なので、長期的な事業の継続を考える以上、やはりメディア企業にとって伝統的なアナログのビジネスのみを行い続けるというのは選択肢にはなり得ません。これまでに築き上げてきた収益の基盤をできる限り守りつつデジタルにも進出する、あるいはデジタルのみを自らのフィールドにするかのどちらかを選ぶことになるはずです。

では、その中で生き残れるのはどのようなタイプの企業なのでしょうか。主に映像メディアの分野で、いくつかの例を考えてみました。

1.有力コンテンツの権利を押さえたコンテンツ・ホルダー
彼らは、アナログとデジタルの趨勢を見極めながらコンテンツの流れをコントロールすることで、利益の最大化を図ることができます。あまりケチくさいことをしていると海賊版のコンテンツにユーザーが逃げてしまう可能性もありますが、Huluがコンテンツ・ホルダーからの圧力を受けてBoxeeからのアクセスを遮断したケースなどに見られるように、やはりコンテンツの権利を持つ者は強いのです。ただ、テレビ番組や映画を製作するのは博打にも似たところがありますから、「有力コンテンツの権利を押さえる」こと自体が決して簡単ではないのは確かです。

2.生放送のスポーツや人気ニュース番組を持つ地上波やケーブル局
ネットと比べた地上波やケーブルTVの特長は、大多数の視聴者に一度にコンテンツを届けられるということでしょう。この点は、アナログはデジタルの100倍(最近は10倍?)稼ぐという冒頭のZuckerの主張のベースともなる伝統メディアの強みなのですが、それが今後も引き続き生かされるのが、五輪やサッカーW杯、スーパーボウルのような巨大スポーツイベントや、世界の関心を惹く事件を素早く伝えるニュース番組などではないかと思います。もちろん、五輪のネット配信などに見られるように、こうした分野でもデジタルメディアの存在感は高まりつつはあります。でも、デジタルを否定はしないけれど引き続きアナログに注力していく*2という姿勢が一番取りやすいのは、このようなタイプのコンテンツを持つテレビ局などではないかと思います。

3.デジタルの世界でユーザーとコンテンツ・ホルダーの間を取り持つプラットフォーム企業
Huluや、最近のYoutubeが目指している方向がこれです。ネット上ではアナログ・メディアの世界と比べてコンテンツに対するユーザーのコントロール力が格段に大きくなりますから、オンデマンド視聴や編集、共有といった点での権限移譲を可能な限り行いながらビジネスとして成立するだけの制約をかける、というバランス感を持つ配信プラットフォームがユーザーからもコンテンツ・ホルダーからも求められています。それを実現できる企業は生き残りの可能性が高まるはずです。問題は、プラットフォームとして求められる企業の数は決して多くないのでパイが極めて小さいこと、また、デジタルのみをフィールドとするのでアナログよりもずっと少ない収益でやっていけるコスト構造を持っている必要があること、といった点でしょうか。言いかえれば、このポジションを狙うのは既存の大メディアには難しくて、人も設備も少ない身軽なベンチャー企業ということになるでしょう。

もちろん、この他にも先の明るいビジネスモデルを持つメディア企業のタイプというのはあると思います。でも、アナログとデジタルのせめぎあいが続く中で生き残れるのは、明確な強みを持ち、はっきりとしたポジショニングが取れる企業である、というのはひとつの条件なのではないかと感じます。

*1:なので、この言葉だけを見て彼を「アナログ至上主義者」だと決めつけてしまうのは間違いです。

*2:デジタル・スイッチオーバーが終わったアメリカでは、技術面だけを見れば地上波テレビも「デジタル」です。でもここでは、地上波テレビのビジネスモデルが伝統的な広告制であり続けているため、"アナログのビジネスモデル"という意味で「アナログ」と呼びます