共感の音楽マーケティング-2

音楽のマーケティングに結びつく面白い可能性を持っているなと僕が感じる取り組みがもうひとつあります。Rolling Stone紙による、時代を超えたミュージシャンや楽曲のランク付けキャンペーンです。Rolling Stoneは、1967年に創刊された世界を代表するロック系の音楽雑誌です。その名声や権威、ミュージシャンとのつながりを生かして、この雑誌は、ロックが生まれてからこれまでに出てきたミュージシャンや発表された曲などをランク付けしようという大がかりな取り組みを時折行っています。たとえば、以下のようなものです*1

1.The RS 500 Greatest Albums of All Time (2003年)
2.The RS 500 Greatest Songs of All Time (2004年)
3.100 Greatest Singers of All Time (2009年)

実際に見ていただくとわかるように、上位に入っているミュージシャンの顔触れは1〜3でほとんど変わりません。アルバムや曲のランキングでは同じ人/バンドが複数回出てくることがあるけれど歌い手のランキングでは個人の名で1回出てくるのみ、という程度の違いはありますが。そういう意味で、これらのランキングは調査方法などは違ったとしても同じネタを少しずつ角度を変えて何度も取り上げているようなものです。恐らくは、「似たような企画でもついつい見て自分の頭の中のランキングと比べてしまう」という音楽ファンの心理をよくよく理解したうえで行っているものなのでしょう。実際僕も、そこは違うんじゃない?とかこれはいい選択だ、といった批評を勝手に加えながらずいぶんと長いことランキングを見てしまいました。そして、こうした企画は音楽ファンを楽しませるだけでなく、これまでに蓄積された資産を活用しながら新たなマーケティングの機会を作り出す上でも大きな役割を果たす可能性を持っているのではないかとも感じました。

忌野清志郎マイケル・ジャクソンが亡くなった後に彼らの楽曲の売れ行きが急伸したことなどが示すように、ある時期に広く受け入れられたミュージシャンや楽曲は、時を経ても人々の心をつかむだけの力を持っていることが多くあります。必要なのは、過去のものと思われていたそれらを再び表舞台に呼び出すきっかけと話題作りです。ローリング・ストーン紙がわざわざ「All Time」と銘打ってランキングを作成したのは、「史上最高の」というインパクトと権威を読者に感じさせることが第一の目的だったのかもしれませんが、過去の偉大なミュージシャンや名曲に再び光を当てるという効果も大きかったのではないかと思います。

また、ただランク付けするだけでなく、個々のミュージシャンや楽曲、アルバムなどについてかなり詳しい解説を加えていてコンテンツとしても充実したものに仕上がっているというのも重要なポイントです。例えば「Greatest Singers」のランキングでは、上位の何人かについて著名ミュージシャンが解説を書いています。Van MorrisonSam Cookeについて語り(こちら*2Alicia KeysMarvin Gayeへの思いを綴る(こちら)となれば、それ自身が一級のコンテンツになるのです。Rolling Stones紙ならではの企画だと言えるでしょう。

このコンテンツは、ウェブ上に挙げられてこそ最も効果を発揮する種類のものだと思います。上のランキングは時を経ても鮮度が落ちることがあまりありません*3。でも、雑誌だと情報がどんどん新しいものへと入れ替わってしまいますから(ローリング・ストーン紙はアメリカでは隔週刊です)、発表から数年後にこのランキングに興味を持った人がいても紙媒体でそれを探し出すのはなかなか大変です。一方、ウェブ上では情報のストックや検索が簡単にできますから、こうしたランキングは興味を持つ人がいる限り閲覧され続けることになるはずです。そして、人の目に触れ続けさせること自体がマーケティングになるのです。

ここまで、Rolling Stoneのランキングがコンテンツとしての魅力とマーケティング・ツールとしての可能性を兼ね備えたものだと書いてきましたが、実は、彼らのサイトに載っているランキングからは、あまりそこから収益を上げてやろうという意図が感じられません*4。もちろんランキングのページに広告は掲載されていますし、興味を持った人が楽曲やアルバムを購入できるようなルートは設けられています。でも、それらはずいぶんと控えめな感じなのです。例えば、「Greatest Albums」と「Greatest Songs」では、個別のアルバムや楽曲の紹介ページからはCDの購入サイトにしかリンクが張られていません(こんな感じ)。また、「Greatest Singers」の場合はランクインした各ミュージシャンの紹介ページでその人の曲から抜粋されたおすすめの「プレイリスト」が合わせて掲載され、そこをクリックするとRhapsodyのサイトで試聴やダウンロード購入などができるようになっていますが、このサービスはアメリカ国内限定です。

これらのランキングのコンテンツとしての魅力は長い間持続するものなのだから、例えば「Greatest Albums」や「Greatest Songs」もページのデザインを変えてダウンロード販売にも対応させるとか、国境による試聴や購入の制限をなくす方法を見つけ出すといったことができれば、より収益に貢献するようになるのではないかという気がします。音楽ファンを魅了するコンテンツを提供し、それを見て興味を持った楽曲をユーザーが購入するという、どちらにとってもプラスの多いビジネスとなるはずです。iTunesでもその国で発行されたクレジットカードを持っていなければiTunesから有料楽曲の購入ができないぐらいですから、ダウンロード販売とはいえ国境を超えるのは実際のところなかなか難しいのかもしれません。でも、ネット上でのサービスは収益化が難しいと言われる中、こうした企業側とユーザーの双方にメリットがあるような取り組みはもっと積極的にその可能性を追求してほしい気がします。日本でも、日本のミュージシャンを対象にしたこんなランキングができないものでしょうか。

*1:この他にもギタリストをランク付けするようなものもあります

*2:「もし歌い手が魂の奥底から歌っているのでなければ、私はそれを聴きたいとすら思わない」という出だしからして最高に渋い解説です。

*3:例えば、2003年の年間アルバム売上No.1と言われても2009年の今はあまりピンと来ませんが、「史上最高のアルバム500選」と言われれば、2003年に発表されたものだとしても今でも十分人々の関心を惹くはずです。

*4:これらのランキングは雑誌としてのRolling Stoneの売り上げを伸ばすための大型キャンペーンであったとは言えると思いますが。