読んで楽しむウィンブルドン中継

テニスのウィンブルドン選手権が開催されているイギリスでは、BBCがテレビやラジオでの放送に加えてウェブサイトで「文字のみ」による大会中継を行っています。試合経過や会場の様子が観戦リポートのような形で数分おきに次々テキストで更新されるという中継です。

映像や音声のネット配信はイギリス国内でしか利用できませんが、文字情報による中継にはさすがに地理的な制約はかけられていません。このエントリを書いている今現在行われている第9日の文字中継はこちらで見ることができます。また、過去の中継記録もきちんと保存されていて、例えば第7日の様子はこちらからアクセスできます。

これを行っているのがテレビ局だということを考えると、文字のみの中継というのはかなり斬新というか異質なコンテンツだという印象を受けます。でもよく見てみると、いろいろな工夫が施されているサービスだということがわかります。

文字中継である以上、映像や音声のそれと比べて単調になるのはどうしても避けられません。でも、ただ機械的に試合進行を記すのではなく、リポーターの感想や細かな気付きなどが盛り込まれたリアルタイムな「オンライン観戦記」風の内容になっているので、読んでいてあまり無味乾燥な感じがしません。また、専属の記者による文字リポートをベースにしながらも他のBBCのスポーツチームのメンバーからのコメントや視聴者からのコメントが時折加わってくるので、一方通行な情報発信という感じも和らげられています*1

さらに、専属記者以外のBBC内外からの投稿にTwitterが使われていたり*2BBCFlickrに設けているウィンブルドンの写真ページ(こちら)を訪れてみるよう勧めるコメントが入ったりと、外部のソーシャルメディア系サービスを積極的に取り入れている点も目を惹きます。メインはあくまで専属記者によるオンライン文字中継なのですが、意外なほど厚みと広がりがあるのです。

もちろん、この文字中継でテレビやラジオと張り合えるなどと言うつもりはありません。テレビ中継とこの文字中継を両方見られる環境にあるのであれば、多くの人はテレビを選ぶでしょう。でも、テニスファンの人たちは、文字情報だけでもそこから選手の打ち合いや会場の熱気を頭の中で思い浮かべてそれなりに楽しめるのではないかという気もします。例えば仕事中でテレビを見るのが難しい人がこっそり試合の状況を確認したり、1人でテレビを見ながら他の人と感想や意見を共有するために文字中継の方に書き込みをしたり、といった使い方は考えられそうです。また、BBCのプレスリリース(こちら)によるとこの文字中継は携帯電話でもフォローできるようになっているそうなので、移動中や外出中の人にとっては重宝されることでしょう。

以前に「BBCは、ネット上に流すコンテンツは必ずしも常に動画が最適のフォーマットだとは限らないことをよく理解している」といったことを書きました(こちら)が、このウィンブルドンの文字中継サービスもそれを示すひとつの例なのかもしれません。今のメディア・コンテンツ企業には、メディアの種類や利用方法が多様化するのに合わせてコンテンツの作り方や届け方を工夫し、さまざまなサービスを組み合わせて総体として幅広いニーズに応えることが求められています*3。もちろんそれを実際に行うのはたやすいことではありませんし、成功させるのはもっとハードルが高いでしょう。でも、だからこそ、こうした一見地味なサービスも含めていろんな取り組みに積極的に乗り出し、新たなサービスに向けたデータやノウハウを蓄積していくべきなのかもしれません。

*1:視聴者からの投稿については「全ての意見が使われるわけではない」ということわりがあるので、BBCによる選択が行われているはずです。

*2:視聴者からのコメント受付には「606」というBBCネット掲示板なども利用されています。

*3:ひとつの会社であらゆるニーズに応えようとするのか、それとも特定の分野のみを守備範囲とするのかは別にして。