追悼の場として、「オンライン資産」管理の場としてのネットの可能性

先日、「亡くなった忌野清志郎さんを悼むファンの声がYoutube上の彼のクリップに続々と寄せられている」という話を書いてから(こちら)、人の死に対する哀悼の気持ちを表し、交換し、慰めを得る場としてのネットの可能性というものを少し考えるようになりました。ちょうどそんな時に、たまたま聴いていたNPRのポッドキャスト(5/13付けのNPR Technology Podcast)で同じような話題が取り上げられていました。

そこでは、アメリカに住むJennifer Lewisさんという女性が23歳の若さで卵巣癌のために亡くなった際、友人からの嘆きや追悼の声が彼女のFacebookのページに次々に書き込まれ、それが卵巣癌の治療を目的とした研究の支援などを行う彼女の名前を冠した財団の設立につながったという話が紹介されていました。実際、Facebook上には「The Jennifer F. Lewis Foundation」という330人ほどのメンバーを持つ財団のページが設けられています。

330人という数が多いのか少ないのかは、感じ方が分かれるところかもしれません。でも、Jenniferさんは清志郎のような有名人ではありません。ごく普通の一般人だった方です。だとすると、恐らくメンバーには彼女の家族や直接の友人だけでなく、若くして亡くなった事に対する無念さや財団の目標に共感の念を抱いた友人の友人(またはそのもう一段階先)も含まされている気がします。SNSの普及などにより、有名人のみでなく何らかの物語性を持つ一般市民に対しても、ネットが追悼や共感の輪を広める場としての役割を果たすようになってきていると言えるのではないでしょうか*1

また、最近ではネットは、このように故人の周囲に影響を与えるだけでなく、自分自身がいずれ訪れる死に対する準備をする上でも有用なツールとなってきているようです。同じNPRのポッドキャストでは、メールサービスやSNSiTunesなど各種サイトで用いているユーザー名やパスワードなどのアカウント情報をネット上で預かり、本人の死後にあらかじめ指定された家族や友人などの受取人に伝えるというサービスがアメリカの「Legacy Locker」というスタートアップ企業によって開始されたことが紹介されていました(Legacy LockerについてはIT Mediaの記事でも読むことができます)。

確かに言われてみれば、自分がブログに書いた内容やGmailなどでやり取りしたメール、Flickrに投稿した写真、Youtubeにアップした動画、Facebook上での各種メッセージなどは、すべて自分の「オンライン資産」です。でもこうしたネットサービスは大抵の場合パスワードなどで本人確認を行いますし、そのパスワードは普通他人には教えないので、本人が突然亡くなってしまった場合などは多くの場合行き場を失ってしまうのです。数年前にアメリカで、イラクで亡くなった海軍兵士のヤフーメール・アカウントへのアクセスを求めて遺族が裁判所に申し立てを行い、裁判所がアクセスを認めるようヤフーに命じたという事例があるようですが(ZD Netの記事)、現金や株式、不動産などの伝統的な資産とは対照的に、上に挙げたような「オンライン資産」をどう守り、自分の死後にまで伝えていくか(あるいは伝えていかないか)ということを意識的に考えて、そのための行動を起こしている人はほとんどいないのではないでしょうか。

「オンライン資産」は、何も若者だけが持つものではありません。元々は大学生向けのサービスとして始まったFacebookも最近はユーザー層の年齢が高くなってきていると言われていますし*2、日本でも60歳以上の高齢者がそれ以下の世代と同じぐらいパソコンを使っているという調査結果が出ています(Markezineの記事を参照)。デジカメで撮った写真をブログや写真共有サイトにアップしたり、孫とテレビ電話で話すためにSkypeに加入したりするという高齢者の方は、意外と多いのではないでしょうか。だとすると、それらのコンテンツやアカウント情報を自らの死後にどのように扱うのかということは、もっとクローズアップされてよい問題です。こんなことを考えると、死後に向けて「オンライン資産」を管理するサービスというのは、すごく面白いところに目をつけたビジネスなのではないかという気がします。

これまでいくつかのケースを紹介してきましたが、今後は「人の死」に対するネットの関わり方が変わってくるのかもしれません。いずれ来る自らの死に対する準備という意味でも、親しい人などが亡くなった際の追悼の仕方という面でも。それらが、リアルの世界で行われている資産管理や追悼・法事などを置き換えてしまうだろうなんていうことを言うつもりはありません。でも、ネット上の追悼にしても「オンライン資産」の管理についても、今は極めてニッチなものにしか見えないような行為やサービスが、今後段々と広まっていくことは十分に考えられると思います。

*1:Jenniferさんのケースは、亡くなったのが有名人でなく一般市民ということで、このブログで取り上げるべきか少し考えました。でも、アメリカの公共ラジオであるNPRで既に実名で報じられていること、また卵巣癌の研究を支援するという公的な目標を持つ財団の紹介にもつながることから、書いても問題なしと判断しました。

*2:Marketing and Technology Newsの記事によると、絶対数自体は少ないものの55歳以上の女性は最近もっとも急速に増えている年齢グループのひとつなんだそうです