Huluが進める2種類の国際化

先日、イギリスTelegraph紙のサイトに「Huluが9月にイギリスでサービスを立ち上げる予定」という記事が載りました(こちら)。3000時間分のアメリカのコンテンツを携え、ITVとChannel4をコンテンツ提供のパートナーに迎えてイギリスに進出する、という刺激的な内容です*1。一方Paid ContentのStaci D. Kramerは、この記事に触れて「自分が知る限りではイギリス版Huluの具体的な開始スケジュールなどは決まっていないはずだ」と疑問を呈しています。計画の進み具合は定かではありませんが、いずれにしてもHuluがサービスの国際化に向けて活発に準備を進めているのは確かです。

ところで、Huluの動きを見ていると、この会社が進める「国際化」には2つの側面があることに気づきます。ひとつは一般的に注目されている「米国外でサービスを提供すること」、もうひとつは「他国のコンテンツをアメリカで提供すること」です*2。そして、現時点で先行しているのは前者です。

例えばHuluは最近何本かのインド映画をラインナップに加えましたし(Varietyの記事)、今年3月にはイギリスChannel4の一部番組もアメリカ国内で配信し始めました(Paid Contentの記事)。日本からも、日テレが吉本、電通と組んで「電波少年」などのお笑い番組をHuluで配信しています(関連エントリー)。規模は非常に限られているとはいえ、外国のコンテンツをアメリカに持ってくるという意味での国際化はすでに実行に移されているのです。

Huluが国際化戦略を推し進める上で、こうした「外国→アメリカ」というコンテンツの流れをまず作りだしたことは非常に興味深いところです。映画にしろテレビにしろ、他国で作られたものがそのままアメリカで大ヒットすることはほとんどないのに、なぜHuluはわざわざそんなコンテンツを集めているのでしょうか。

「リング」や「ゴジラ」、実写版「ドラゴンボール」などの例を思い浮かべればわかるように、アメリカのエンターテインメント業界は各国からアイデアやキャラクターは積極的に取り入れますが、それらは制作の途上で徹底的に「ハリウッド化」されます。そうしないとアメリカの主流層(=白人)に受け入れられない(あるいは受け入れられないと業界内外で固く考えられている)からです。外国生まれのコンテンツは、アメリカの主流層に届く前にしばしば原型をほとんど留めないほど大きく変更されるのです。

では、オリジナルのままのコンテンツを誰が楽しむのかと言えば、中心的な視聴者は本国からの移民や駐在員、留学生などでしょう。日系やインド系は人数や市場規模といった点でアメリカでそれほど大きな勢力ではありませんから、Huluが日本やインドのコンテンツから多くの視聴回数を稼ぐことは難しいはずです。また、アメリカで主流派以外の層にリーチしたいのであれば真っ先に取り組むべきヒスパニック系*3向けのスペイン語番組(テレノベラなど)の提供をHuluがほとんど行っていないことからも*4、Huluはアメリカのマイノリティに向けたサービスを強化することにはあまり興味を持っていないように見えます。

ただ、「Huluが自社サービスを国外展開するための布石として、外国のコンテンツ・ホルダーと関係を築くために彼らのコンテンツをアメリカで配信しているのではないか」と考えると、アメリカであまり人気が得られないだろうコンテンツをネット配信するという行為にも整合性が感じられるようになります。以前に書いたように(こちら)、Huluは米国外でサービスを行う際のモデルとして、現地のテレビ局などと提携したジョイントベンチャーのローカル版Huluを立ち上げることを目指していると言われています。アメリカのコンテンツと現地のコンテンツをともに配信することが成功には欠かせないと判断しているのでしょう。でも、ただでさえネット配信に警戒心を持つテレビ局がたくさんある中で、いきなりHuluが他の国を訪れて「おたくの国で番組のネット配信をしたいから一緒にやりましょう」と言ってもそうそう上手くいくとは思えません。

でも、あらかじめアメリカでHuluを使ってネット配信した経験のあるテレビ局やプロダクションであれば、話が違ってくるかもしれません。まず、「ネット配信をしたところで自社のテレビ広告にはほとんど影響が出ないアメリカで実験してみようか」という位置づけであれば、ネット配信に参加する心理的なハードルはかなり低くなるでしょう*5。また、仮にアメリカでのネット配信があまり多くの視聴者を集めることができなかったとしても、ネット配信の仕組みやそれを行うために行わなければならない各種作業についての知識やノウハウを事前に得ることができます。こうしたことを通じて、自国でのネット配信に対する拒否感が少なくなることもあり得ます。ネットを使って何かをして行かなければならないことはわかっていても自社だけでは具体的な行動になかなか踏み出せないというような会社がそうした経験を積めば、Huluと組んでローカル版のネット配信サイトを始めるというのはひとつの選択肢になるでしょう。

もちろんHuluの目論見どおりにことが運ぶかどうかはわかりません。でも、将来の「イギリス版Hulu」、「日本版Hulu」、「インド版Hulu」などに向けてこれらの国々のテレビ局やプロダクションから(ひとまずはアメリカ向けに)コンテンツを調達し、各国のコンテンツ・ホルダーとの関係を今から築いておきたいという狙いが、外国のコンテンツをアメリカでネット配信するというHuluの動きの背景にはある気がします。だとすると、「外国→アメリカ」、「アメリカ→外国」という2方向の国際化を並行して進めるHuluの戦略は、とても理に適ったものなのかもしれません。

*1:ITVとC4と組むという点については、「広告セールスの主導権をめぐって交渉が一時的に停滞している」と記事の後半でトーンダウンしていますが

*2:上記Paid Contentの記事にも同様のことが書かれていますが、そこでは「米国外でのサービス提供」をさらに"アメリカで提供している番組を国外でも国外でも利用できるようにすること"と"米国外でローカル版のサービスを立ち上げること"に分けています。

*3:数年前に黒人を抜いてアメリカ最大のマイノリティ・グループになりました

*4:アメリカの有力スペイン語チャンネルTelemundoがHuluの親会社のひとつであるNBC Universalの傘下であるにも関わらず、です。

*5:諸権利のクリアという問題は残るにしても。