Susan Boyleの動画とネット配信の収益化

スコットランドの"おばちゃん歌姫"Susan Boyleの動画が大きな話題を呼んでからひと月半が経ちます。テレビ番組が持つコンテンツとしてのパワーとYoutubeの配信プラットフォームとしての強力な伝播力が組み合わさった事例だと以前のエントリーで書きましたが、一方でこの動画は、世界であれ程の大反響を巻き起こしながらそれが全然収益に結びつかなかったという意味で非常に注目されているケースでもあります。

Susan Boyleが素人オーディション番組「Britain's Got Talent」の中で"I Dreamed a Dream"を歌った動画は世界で2.2億回の視聴があったとされています(Yahoo Newsなどを参照)。一方で、4月末の段階で「Youtubeでこの動画が9350万回視聴されている」という記述がありますから(Carrentals.co.ukの記事)、大まかに全視聴の半分ぐらいはYoutubeを通して行われたと考えることができそうです。Youtubeは、Susan Boyleのセンセーションを世界に広める上で極めて大きな役割を果たしたのです。でも、そこから広告収入はほとんどもたらされなかったのです。

この件に関する報道は主に、動画が話題になって間もなくの頃、
・英国 The Times紙「ITV, YouTube and Simon Cowell miss out on Susan Boyle windfall」(4/23)
New York TimesYouTube and Partners Miss Out on Boyle Bonanza」(4/23)
そしてそれからひと月が経ち、もう一度整理・検証しようとするもの
New York TimesPayoff Over a Web Sensation Is Elusive」(5/23)
・AP「Boyle Web sensation: A massive missed opportunity?」(5/29)
があります。

これらの記事を勘案しながら多少自分なりの解釈を加えると、Susan Boyleの動画に対してテレビ局など権利者である既存メディアが取った対応は次のようにまとめられそうです。
○「Britain's Got Talent」は制作プロダクション(SyCo TV, talkbackThames, Simco)、番組を放送しているテレビ局(ITV)、国際デジタル配信権を持つFremantle Media*1など権利に絡む会社が複数あったため、ネット配信への対応について迅速な意思決定や行動ができなかった。
○Susan Boyleの動画が大きな反響を呼んでいることを知ったITVやFremantle Mediaはそれぞれ個別に「正統な」Susan Boyleの動画をアップしたが、時すでに遅く、すでにアップされ多くの視聴回数を稼いでいた非公式の動画がそのまま人気を得ていくことになった*2
ITVやFremantle MediaとYoutubeの間での交渉がまとまらなかったので、勝手に出回っているSusan Boyleの動画に広告がつかなかった。
Youtubeでは、コンテンツIDシステム(CNET Japanの記事などを参照)を使えば非公式の動画にも広告をつけることができます。でも上記の新聞記事によると、今回のケースでは広告の載せ方(プレロールか、動画の脇にバナーを載せるか)やYoutubeとの収益配分などについて合意が得られなかったようです。
○一方でITVなどの権利者は、ネット上で大評判になっている動画が番組のPRにもつながると考え、勝手にアップされたものでも削除要請を出さなかった。

その結果、上記The Timesの記事(4/23付け)は、推定で187万ドル(約1.8億円)に上る機会損失が発生したと報じています。また、広告収入の分け前を預かることなく膨大な数の視聴リクエストに応えなければならなかったYoutubeも、配信コストの増加という意味で損失が出たと言えます。

この1.8億円という額*3は、なかなか評価が難しいところです。大企業にとっては微々たる金額のような気もしますし、1本の番組のたった1回のエピソードがそれだけの広告収入をネットから得ることができた(かもしれない)というのはすごいことのようにも思えます。ITVやFremantle Mediaは前者の立場に立ち、これはプロモーションだと割り切ってCMがつかないのならそれでも良いという決断をしたのでしょう。

勝手にアップされた非公式の動画を削除させなかったのは英断だったと思います。でも一方で、動画のネット配信がより本格的に普及していくためには、こうした動画が単にPR用ではなく、きちんと収益につながる形で配信されていくことが必要ではないかという気がします。今回のケースでは、テレビ局(ITV)もプロダクション(Fremantle Mediaなど)も配信プラットフォーム(Youtube)も損をしています。こういう形で起きる大熱狂は、ビジネスの観点から見た時にあまりサステイナブルではないと思うのです。

でも、「三方一両損で仲直り」ではありませんが、最近はYoutube上にあるSusan Boyleの動画を広告収入に結びつけようという動きも見られます。非公式にアップされた彼女の動画を再生すると、Youtube上の「Britain's Got Talent」公式ページに誘導しようとする表示が現れるようになっているのです。そしてそちらから動画を視聴すると、脇にバナー広告が表示されます*4。ささやかながら、テレビ局やプロダクションとYoutubeの協力関係も築かれつつあるようです。

そもそも、話題を呼んだSusan Boyleの動画は「Britain's Got Talent」予選時のものです。この番組は勝ち抜き式で優勝者を決めるものですから、彼女は先週セミファイナルに出演しましたし、そこを勝ち上がったので今度は決勝に挑みます。テレビ局やプロダクションは、Susan Boyleを過去の現象として終わらせてはならないのです。でも、いくら世界的な反響がこの番組の視聴率を押し上げたとしても、それはあくまでイギリス国内での話です。この番組はイギリスでしか放送されていませんから、英国外の人の多くはネットを通じて彼女のパフォーマンスを見ることになります*5。なので、途中からでもYoutube上での収益化のしくみを作り上げていくことは十分に意味があることなのです。Susan Boyleほどのセンセーションを生み出すコンテンツはそうそうは現れないでしょうが、テレビ局やプロダクションなどの既存プレイヤーは、世界の視聴者を相手にどのようなサービスとビジネスを行っていくのか、そしてその際にどのようにネットを使っていくのかということを考えなくてはいけないことが段々と増えていくのかもしれません。

<追記 5/31>
Susan Boyleは「Britain's Got Talent」の決勝で惜しくも敗れ、2位になったそうです(時事通信の記事などを参照)。

*1:ベルテルスマン傘下にあるヨーロッパ最大級のプロダクション会社RTLの一部。taklbackThamesはここの子会社のひとつ。

*2:ITVのことは上記の記事にはありませんが、僕が4月にITVのサイトにある番組の公式ページを覗いてみた時には、そこにSusan Boyleの動画があり、日本からでも視聴できました。「アクセス・ブロックをしていなくても、英国外からわざわざITVのサイトに来てこの動画を見る人はほとんどいないんだろうな」と思ったのを覚えています。

*3:ひと月前の推定なので実際にはもう少し増えているかもしれませんが

*4:プレロール広告は入っていません。

*5:前回ほどではないにしても、準決勝時の映像もYoutubeなどで大きな人気を博しているようです。