TEDについて

日本でどれほど有名なのか詳しく知りませんが、ネット上の動画配信と公共性のことを考える際にいつも思い浮かぶサイトのひとつにTED(Technology Entertainment Design)があります。ここは元々、科学者から芸術家、起業家、政治家まで、超一流の思想家やアクティビストたちを招いて年に1回講演会を行うという団体だったのですが、数年前からその講演の模様を無料でネット配信するようになりました。そして、アップされているそれぞれの講演の内容がものすごく面白いのです(TEDについて詳しくは、日本語のウィキペディアにある説明をご参照ください)。

これまでの講演者を一部挙げると(名前をクリックすると動画が視聴できます)、アル・ゴアセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジビル・クリントンU2のボノビル・ゲイツスティーブン・ホーキングなど、そうそうたる顔ぶれが揃っています。また、個人的にはJ.J.エイブラム(「LOST」などの製作者)やドナルド・ノーマン「誰のためのデザイン?」などの著者)、TEDのオーナーと言えるクリス・アンダーソン*1の講演なども興味深いところです。その他、僕にはあまり馴染みのない講演者でも、紹介文を読むとものすごい業績を上げていることが容易にわかるような人たちばかりです。

そうした人々が、「持ち時間18分」という基本制限の中、自分のビジョンや今取り組んでいるプロジェクトについて話をするのです。面白くないはずがありません。多くの場合は「ただ話をするだけ」というシンプルなスタイルで講演が進みますが*2、それでも十分に楽しめます*3

また、コンテンツの配信の仕組みが利用者のことをよく考えて作られているのもTEDの大きな特徴のひとつです。動画は上記のTEDのサイトに加えて、Youtube上の公式チャンネルでも見ることができます*4。これらの動画はクリエイティブ・コモンズのライセンスの下(詳しくはこちら)で公開されているので、自由にシェアしたり自分のブログに張り付けたりできますし、動画をデスクトップやiTunesにダウンロードすることもできます。

「アイデアを広めること(Spreading Ideas)」というミッション・ステートメントを正に体現するオープンな配信形態ですが、講演を行うのが世界トップクラスの大物たちだということを考えると、これはものすごいことです。このブログでは「動画のネット配信には様々な制約が各所から課せられていて、技術的に可能なオープンさは合法的なサービスとしてはなかなか実現されない」ということを常々書いているだけに、一層強くそう感じます。TEDは非営利だからこそオープンなコンテンツ配信ができるのでしょうが、高い理想を掲げるだけでなく、実際に一流のコンテンツを地理的な制約も共有やダウンロードの制約もかけずに公開してしまうという思い切りの良さには感服するばかりです。

さらに、TEDのサイトにある動画にはすべて英字幕をつけて見ることができますし*5、ちょうど今月からは有志による他言語への翻訳プロジェクトも始まっています。5/16現在、16本の講演に日本語字幕が付加されていて、興味がある人は自らがボランティアとして翻訳に参加することができるようにもなっています。英字幕はNokiaがスポンサーとなって支援していますが、オープン・トランスレーション・プロジェクトと呼ばれる他言語への翻訳はボランティア制です。語学が得意な方には非常にやりがいのあるプロジェクトかもしれません。

このように、TEDはネットが持つ技術的な強みやコミュニケーション・ツールとしての力を最大限に活かしながら動画コンテンツのネット配信を行っています。それは、「優れたアイデアを広め、人々にインスピレーションを与え、社会に変化をもたらそう」という公共的な目標を持つサービスに他なりません。また、ユーザーが一方的な受益者となるだけでなく、翻訳プロジェクトなど自らがサービスの向上に当事者として参加できるような仕組みを作りだしているところにも好感が持てます。僕も自分にできる形で応援していきたいなと思っています。

*1:肩書はTEDのキュレーター。現在、TEDは彼のプライベート財団が保有しています。ちなみに、"ロング・テール"の提唱者として知られる「Wired Magazine」編集長とは同名の別人です。

*2:中には映像などを用いた視覚的なプレゼンをする人もいますし、芸術家の場合は演奏やパフォーマンスを行う人もいます。

*3:ちなみに、僕はMITや慶応大学などがネット上で公開している講義の模様を撮影した動画を幾度か見ようとしたことがありますが、どうしても途中で挫折してしまいます。でも、TEDの動画であれば4〜5本続けて見ても苦になりません。これらを同列に扱うことはできないでしょうが、講演や講義をネット配信する際に視聴者を飽きさせないためのヒント(講演の進め方や尺など)がTEDの動画にはふんだんに盛り込まれている気がします

*4:人気の講演などを探すためにはYoutubeの方が便利ですが、TEDのサイトはデザイン面でも非常にスマートなので、ぜひこちらも訪れてみてください。

*5:Youtube上にある動画には字幕機能はないようです。