新聞業界が目指すべきウェブ・サービス
New York Timesのウェブサイトで、偶然面白い図表を見つけました。"The Ebb and Flow of Movies: Box Office Receipts 1986 ― 2008"と名付けられたものです。直訳すると「映画の満ち干き」。名前の通り、映画の興行収入を潮の干満になぞらえてグラフ化したもので、縦軸にその週の興行収入(高さがあるほど興行収入が大きい)、横軸に時間(横に広がっている映画は息が長い)を取っています。文章で説明するよりも実際にご覧いただくほうがずっとわかりやすいので、ぜひ上のリンクをクリックしてみてください。このグラフは1年以上前に作られたものですが、後述するように、ここから僕は新聞社が今後目指していくべき方向性の一端を見た気がしました。
最近よく話題に上っていますが、アメリカの新聞業界はオールド・メディアの中でもひと際厳しい状況に置かれています(ダイヤモンド・オンラインの記事などを参照)。そして、苦境を脱する方法としてネット上の記事(の一部)を有料化しようとする機運が高まってきています*1。
ここで大事なのは、「いかにして自らが提供する情報の価値を高め、競合他社やGoogleなどのAggregatorなどと差別化するか」ということです。それができなければ無料記事に慣れたユーザーからお金を出してもらうことはできません。また、このことは無料モデルを貫くという場合でも重要になります。新聞記事は動画と違いますから、再生プレイヤーを他社サイトに埋め込む形でコンテンツの外部提供とそこからの収益の確保を両立させるHuluのようなモデルはなかなか作れません。広告収入を増やすためには、自社サイトにユーザーを呼び込む必要があるのです。
そのため、米英の新聞社では動画ニュースを始めたり、SNSを立ち上げてみたりといったことを行ってきました。デジタル化による「融合」がものすごい勢いで進む時代ですから、これらの取り組みを否定する気は全くありません。でも、そうした新たなサービスを見ても、個人的には新聞社のサイトで動画ニュースを見たいとかSNSに加入したいという気にはなりませんでした。新聞社ならではの強みを生かしたサービスだとは感じられなかったからです。
一方、上に挙げたグラフからは、これは新聞社にしかできないウェブ上のサービスになり得るという印象を受けました。まず、このグラフはデザインが非常に洗練されていて視覚的に強いアピールを与えます。しかも、干満を構成する一つ一つの「波」は個々の映画を表していて、1度クリックするとその映画の簡単な概要が表示され、そこからさらにクリックすると映画の公開時にNew York Timesに載ったレビュー記事に飛んで映画の詳細や評価を読むことができるようになっています*2。ここでは、「新聞社が持つ取材力・執筆力に裏打ちされた記事のアーカイブ」と「スマートでわかりやすいデザインのグラフ」がリンクで結ばれたことによって、どちらか片方だけでは作り出せない新たな利用価値を生み出しているのです。
このように、記事をウェブ上にふさわしい形に再編成して提供することは、新聞記事という「商品」、ひいてはそれを作り出す新聞社にとって新しいビジネスチャンスになるのではないかという気がします。ただ流行っているからという理由だけで新聞社がSNSや動画配信に乗り出さなければならないなんていう必然性は全くありません。以前に一度「大学の講義を動画配信するMITのOpencoursewareなどにあまり魅力を感じない」と書いたことがありますが(こちら)、動画配信というのは全てのコンテンツに対して最良のプレゼンテーション方式だという訳ではないのです。だから新聞社も、SNSありきや動画ありきではなく、むしろ取材力や記事の蓄積といった自らの長所をどのような形でウェブ上に展開すれば最も利用者の心をつかむコンテンツが作り上げられるのかという視点から戦略を立てるべきなのです。
上に紹介したグラフのような記事とのリンクはありませんが、同じくNew York Timesのウェブサイトにあった「全米失業率マップ」(アメリカの地図に各郡部の失業率を色分けして描いたもの)なども新聞社の取材力とウェブならではの視覚性、速報性(この地図は3/3に載せられた後、3/19に最新のデータを使ってアップデートされています)を併せ持つコンテンツです。
すでにこうした取り組みを行っているNew York Timesでさえ経営危機が叫ばれているのですから、新聞社が苦境を脱するのはそう簡単ではないでしょう。でも、まだこのようなことを始めていない新聞社もたくさんあるはずです。発行部数の減少や広告収入の激減に見舞われる中、新聞社が目指すべき方向性としては、質の高い記事を書くとともに、それらをどのように組み合わせ、ウェブ上でプレゼンテーションしていくかという「見せ方」や「記事を塊にして活用していく力」に注力していくべきなのではないかと思います。
*1:例えばNew York Timesの記事("They Pay for Cable, Music and Extra Bags. How About News?")では、「1年前にはネット上でビジネスを成功させるための法則はコンテンツを無料で提供してユーザーを増やすことだと考えられていたけれど、今ではメディア各社は顧客からお金を支払ってもらう方法を見つけ出そうと頭をひねっている」と述べられています
*2:最初のグラフの画面では、自分の好きな映画のタイトルを入力して検索することもできます。