米国のケーブルテレビ業界が思い描くネット配信の姿-2

ここ1週間ほどの間に、New York Times"Some Online Shows Could Go Subscription-Only")とLos Angeles Times("Internet's role in cable TV debated")が相次いでケーブルテレビ業界の動画ネット配信についての記事を掲載したのをみて、この話題がアメリカで今大きな注目を集めつつあることを改めて感じました。先日のエントリーと少しかぶってしまうところもありますが、これらの記事を参考にもう一度アメリカのケーブルテレビ業界と動画ネット配信の関係を考えてみたいと思います。

Time Warner CableやComcastなどのケーブル・オペレーターが導入を検討している動画ネット配信が注目を集めているのは、2つの点で新しいことをやろうとしているからです。まず、これまであまりオンラインの世界に入ってきていなかった*1ケーブル・ネットワークの番組をネット配信しようとしていること。これまで、アメリカにおけるテレビ番組のネット配信といえばほとんどがABCやNBC、FOXなど地上波ネットワークの番組でした。もちろん4大ネットワークと呼ばれる地上波のテレビ局はアメリカで大きな影響力を持っていますが、その視聴者シェアは年々低下して今は50%にも達していません。一方、アメリカでは60%近い世帯がケーブルテレビを通してテレビを見ているため、ケーブルテレビ上でチャンネルを運営しているDiscovery、USA Network、TNTなどの有力ケーブル・ネットワークも大きな勢力となっています。ただ、こうしたケーブル・ネットワークの番組はこれまであまりネット配信されてきませんでした*2。今起きているのは、そうしたコンテンツをネットの世界に展開していこうとする試みだと考えられます。

ケーブルテレビ業界が狙っているのは、月に50〜100ドル、あるいはそれ以上を支払って百〜数百チャンネル分を契約してもらうというケーブルテレビのパッケージング型サブスクリプション・モデルを維持したままネット配信に乗り出すことです。あるいは、そのモデルを今後も維持していくために新たなネット配信のスタイルを生み出そうとしていると言った方がわかりやすいかもしれません。このモデルは、iTunesのようにコンテンツを単品売りするものとは大きく異なります。また、月会費のネット配信といえばしばらく前にNetflixに追加されたオンライン視聴サービスが思い浮かびますが、Netflixのビジネスにベースにあるのは「個別の作品」を借りる・ネット視聴するというコンセプトですから、「チャンネルごと」「パッケージごと」というケーブルテレビ業界の思想と同列に扱うことはできません*3。この点でも、ケーブルテレビ業界が思い描く番組のネット配信は新しい試みなのです。

New York Timesの記事では、Time Warner Cableがウィスコンシン州ミルウォーキーでHBOと組んで「Big Love」,「Entourage」などの番組のネット配信を始めていることが紹介されています。「The Sopranos」,「Sex and the City」など高品質なドラマで知られるHBOは、有料のケーブル・ネットワークです。通常ケーブルテレビの基本パッケージには含まれていないので、見たい人は個別に、あるいはHBOを含むプレミアム・パッケージに入って追加料金を払わなくてはいけません。なので、HBOの番組がネット上でも視聴できるようになるのは大きなアピール・ポイントになり得ます。でも、ネット視聴できるのはTime Warner Cableでテレビとネット双方に加入していて、しかもHBOの視聴契約をしている人のみ。月間100ドル以上はかかるでしょう。

ここから読み取れるのは、ケーブルテレビ業界が狙っているのは、Huluのように「コンテンツを(一定の範囲で)ネット上に一般開放して視聴者数を増やすことで収益を伸ばす」という方法ではなく、「お金を払って契約してくれている人に対するサービスを充実させることでパッケージング型サブスクリプション・モデルへの契約者数を維持する」ことなのだということです。

上記New York Timesの記事にあるようにアメリカのケーブルテレビ業界が加入者から得る利用料が年600億ドルもの巨額に上るというのであれば、それももっともなのかもしれません。ネットワークTVの2007年の広告収入は計190億ドル強ですから(IABのリポートより)、ケーブルテレビ業界が得る利用料の規模の大きさがわかります*4。しかも、巨大メディア複合体であるNBC Universalの営業利益の60%が参加のケーブルネットワークから稼ぎだされているという報道があったように(Content Agendaの記事)、ケーブルテレビはアメリカのメディア界のドル箱なのです。だとすると、ケーブルテレビ業界によるWalled Garden方式の有料ネット配信は、メディア・コングロマリットなどを含むアメリカの主流派メディア全体の収益モデルを守るための戦略の一部だと考えることができます。

ただ、全てのプレイヤーがこの立場に立っている訳ではありません。Time Warner Cableと対照的な立場に立つ会社としてLos Angeles Timesの記事で紹介されていたDisneyのCEO Robert Igerは次のように述べています。

多チャンネルサービスの有料利用者となっていなければ番組をオンライン視聴できないようにしたのでは、顧客にも技術にも背を向けた(anti-comsumer, anti-technology)ことになってしまう。そのような態度は受け入れがたい。

まるでBoxeeのCEOの言葉かと錯覚してしまうような発言ですが、実際にDisneyはHuluと行っている提携・出資交渉の中でもABCに加えてスポーツ専門のケーブル・ネットワークであるESPNの番組提供についても話し合っていると言われています。また、主にプロモーション映像中心の短い作品のみとはいえ、DisneyはYoutubeへの動画提供にも乗り出しています(Cnet Japanの記事)。これらはいずれも無料のネット配信から収益を上げようという試みです。

Disneyの傘下ABCは、アメリカのネットワークTVの中で最初に自社ウェブサイトを通じて番組のネット配信に乗り出した先駆者です。さらiTunesでの番組販売をネットワークTVの中で最初に始めたのもABCです。実際、DisneyはAppleとの関係が深いので(Steve JobsはDisneyの最大の個人株主)、Disney ChannelやABC Familyなど傘下に持つケーブル・ネットワークの番組も積極的にiTunesで販売しています。

このように、ケーブルテレビの番組のネット配信については、顧客から相応の利用料をもらうパッケージング・モデルを維持した形でのクローズドな方式の可能性が最近とみに脚光を浴びていますが、一方では無料配信+CMという「地上波」モデルや「単品販売」モデルでの提供も検討されています。今後どのような形が主流となって行くのか、しばらくは注視していこうと思います。

*1:海賊版は別として。

*2:Huluが、こちらもNBC傘下のUSA Networkの一部番組を配信したりはしていますが、数は非常に限られています。

*3:Nteflixの月々の利用料は9〜17ドル程度ですから、値段の面でも大きな差があります

*4:この利用料はケーブル・オペレーターや各種ケーブル・ネットワークの間で分配されなければならないものだということには留意が必要ですが、一方でケーブルテレビ業界はは利用料収入に加えて全体で約210億ドル(2007年)の広告収入を得ていることにも気を留めなければなりません。