Kangarooに退場宣告

BBC(の営利子会社BBC Worldwide)、ITV、Channel4というイギリスの地上波テレビの強者連合が共同で設立準備を進めていた番組ネット配信のジョイントベンチャーProject Kangarooに、独禁法に触れる疑いがあるとして当局が調査に乗り出したという話は何度かこのブログでも紹介しましたが(例えばこちらこちら)、競争委員会が最終的に結論を下しました。

「Kangarooの設立を許可しない」という、極めて厳しい結論です。

競争委員会が出したプレス・リリース(PDF)から一部を抜粋します。

詳細で入念な検討を加えた結果、我々はこのジョイントベンチャーは成長しつつある(VODの)マーケットにとってあまりにも大きな脅威であり、やめさせなければならないという結論に達した。

この3社が手を組むとイギリス産のテレビ番組など動画コンテンツの大半を握ることになるので、あまりにも市場の支配力が強くなりすぎるというのがこの判断に至った理由です。

驚きました。まさかこのプロジェクト自体にダメ出しがされるとは思っていなかったからです。昨年12月に暫定の調査結果が出た時にもKangarooの独占性の高さに対する懸念が示されていましたが(関連エントリー)、その際にはKangarooの事業規模を抑えることで認可が下りるのではないかというのが主な見方でした。3社のコンテンツ全てを利用できるワン・ストップ・プラットフォームの設立をあきらめてそれぞれが自社サイトで自らのコンテンツを提供するなど、統合の度合いを少なくしてある程度お互いに競争する要素を残すことで何とかハードルをクリアできるのではないかと僕も思っていました。でも、今回の結論により、2年近くも準備が進められてきたProject Kangarooは日の目を見ることなく沈んでいくことになりました。

この結論は、ネット配信のライバル事業者への配慮というよりも、BSkyBやケーブルテレビのヴァージン・メディアなどがそれぞれのプラットフォームで行っているオンデマンド事業への影響を考慮したのではないかと感じられます。僕の知る限り、Kangarooが立ち上がることによって大打撃を受けると説得力を持って言えるほど存在感のあるオンライン動画の提供会社はイギリスにはありません(強いて言えば、地上波の中で仲間外れにされていた弱小局のFIVEでしょうか)。実際、これらの企業からはProject Kangarooに対する強硬な反対意見が出されていました。きっと今回の決定を大いに喜んでいることでしょう。でも一方で、こうした結論が出たことによりイギリスの地上波テレビ局はますます厳しい立場に追いやられることになります。

受信料収入で運営されるBBCを除くイギリスの地上波テレビ局は、日本やアメリカのそれよりもさらに経営状態が悲惨です。ITVは昨年の広告収入が10%減ったと言われています(Hollywood Reporterの記事)。そして「非営利だけど収入源は広告から」というモデルで運営されているChannel 4は今のままでは近い将来事業が立ちゆかなくなるとされていて、監督機関のOFCOMなどを含めて「別の民放であるFIVEと合併すべし」だとか「BBCの営利子会社であるBBC Worldwideと統合してはどうか」といったことが盛んに議論されています(Paid Content UKの記事)。このような状況の中で、Project KangarooはITVやChannel 4にとって新たな収入源となり得る期待の星でした。

どの分野においても独占的な力を持つ事業体が現れることは決して好ましいことではありません。でも、Project Kangarooはイギリスのネット配信ビジネスにおける新たなイノベーションを生み出す可能性を持つ試みだったと僕は感じています。親会社である3社の野心をそのままの形で叶えてやる必要は全くありませんでしたが、他にそれに代わるような意欲的なネット配信事業者などがあまり見当たらないことを考えると、完全に潰してしまうのは少しもったいない気がします。特に、以前のエントリーで書いたような「過去に放送された番組のアーカイブスを放送局間の垣根を越えた"塊"として運用できるネット上の番組ロングテール・ビジネス」が実現すれば結構面白い取り組みになったのではないかと思うのですが、それも難しくなってしまいました。