「融合」時代のテレビ・ビジネス(後編)

前編では、デジタル化による「融合」が進む中でテレビ・ビジネスを取り囲む環境が大きく変わってきているということを書きました。一方ではテレビ番組をパソコンや携帯、ゲーム機など他のプラットフォームに展開していこうという動きがあり、他方ではテレビの多機能化が進んできているからです。

後者のケースから考えてみます。テレビの上ではテレビ番組を見るという行為が圧倒的な主流を占めることは、少なくとも当分の間は変わらないだろうと思います。でも、CESで出展されたようなネット対応テレビ(関連エントリー)が当たり前になり、無線LANの普及などと相まってよりウェブ上動画が視聴しやすくなれば、電波を介して送られてくるコンテンツをテレビで見るのもネット上で流れてくるコンテンツを見るのも視聴者にしてみればあまり変わらなくなってくる可能性があります。アメリカやイギリスのように、テレビ局が自社の人気番組を1日遅れとはいえ*1CM付き・無料という形でネット配信している場合は特にそうでしょう。むしろ、自分の好きな時間に視聴できるオンデマンド型のネット配信動画がテレビで視聴できるのならばそちらの方が便利だという人も出てくるでしょう。

その結果として想定されるのは、テレビ上で同じコンテンツが視聴されていたとしてもその「視聴方式」によってビジネスに与える影響が大きく違ってくるということです。例えば、ボストン在住のXさんがネット対応テレビ上でABCのウェブサイトを訪れてCMつきで無料配信されているドラマ「Ugly Betty」を見たとします。その場合、ボストンにあるABCの系列局はCM収入の分け前を得ることができるのでしょうか?テレビで視聴されたとはいえ、このケースでは系列局の電波を介した視聴ではありません。系列局が分け前を主張できる根拠はあまりないように思えます。また、ABCにしても広告収入の規模が圧倒的に違う地上波とネット配信を比べれば、本心としては地上波を通して見てくれた方がありがたいはずです*2。でも、テレビのネット対応化が進めば多少なりとも視聴者がネット配信動画に流れてしまうのは確実です。ABCやCBSなどのネットワーク局にとっては、ネット配信で視聴者を掴んだとしても以前と比べて広告収入が減ってしまうという悩ましい状況が起こるのではないでしょうか。このように、ネット対応テレビの普及はキー局にも系列局にも(後者の方がより深刻でしょうが)打撃を与えることにつながりそうです。

また、テレビ番組の他プラットフォームの展開についても、そう簡単に上手くはいかないのではないかと僕は考えています。言うまでもなく、パソコンや携帯やゲーム機は元々テレビ番組を楽しむための機械ではありません。それらのプラットフォームに展開されたテレビ番組は、ゲームや音楽、Youtubeの動画、メール、その他さまざまな機能と競い合う形で利用者の関心(attention)を掴まなければなりません。確かにHuluやiPlayerなどのサービスは順調に利用者を伸ばしているので、パソコン向けのテレビ番組のネット配信はトップ企業にとってはビジネスとして成立するものになりそうです。でも、携帯やゲーム機で楽しむコンテンツとしてテレビ番組がどれほどの競争力を持つのだろうかと考えると、少し心許なさを感じます。

例えば朝晩に都心の電車に乗ったとき、iPodで音楽を聴いている人、携帯でメールを打っている人、DSやPSPでゲームをしている人などはたくさんいますが、ワンセグでテレビを見ている人はほとんど見かけたことがありません。実際自分も、出先で携帯やゲーム機を使ってテレビ番組を見ることはまずありません。携帯をネットにつないでテキストのニュースを読んだり、携帯マンガを見たりするのは自然にできるのですが、動画を見る気にはあまりならないのです。テレビは目と耳を使ってある程度集中して接しないとちゃんと楽しめない割にはゲームなどと比べて受動的なので、周囲の雑音や刺激が多い外で見るのにはあまり向かないのかもしれません。少なくとも地上波で放送される長尺の番組をそのまま携帯などに流すだけでは、携帯電話やゲーム機といったプラットフォーム上で各種ゲームや漫画、音楽などに太刀打ちするのは難しいのではないかという気がします。

長らく「娯楽の王様」として君臨してきたテレビ番組ですが、このように、「融合」が進む中ではこれまでのように安泰という訳には行かなくなるかもしれません。テレビ番組は、テレビの上でも、その他のプラットフォーム上でも、「たくさんあるコンテンツのひとつ」という位置づけになって行くでしょう。もちろんすべてのコンテンツが同列になるなんてことを言うつもりはありません。テレビ番組の娯楽性の高さは大きな強みとして残るはずです。でも、「融合」時代にテレビのビジネスが上手く対応していくためには、テレビ番組をテレビ上で、またその他のプラットフォーム上でどのように展開していくべきかということを十分に考える必要がありそうです。

*1:実験的にではありますが、放送よりも早くネットに流す試みも行われています。

*2:アメリカはケーブルTV大国ですが、話を単純にするためにここでは地上波とネットという2者のみを扱います。