Kangarooが抱える課題

前回のエントリーで紹介したように、イギリスで立ち上げの準備が進められている番組のネット配信プラットフォーム「Project Kangaroo」に対して当局から「あまりに独占的な力を持ちすぎて競争を阻害する」という裁定が下りました。これに対してイギリス国内ではいろいろな反応があるようですが、Screen Digestによる分析(PDF)が面白かったので紹介します。

このリポートは「Kangaroo ruled anti-competitive, but in all the wrong ways」と題されています。そこからも読み取れるとおり、著者たちはKangarooの存在が反競争的と判断されたかどうかということよりも、イギリスの競争委員会(Competition Commission)がそのような裁定を下すに至った根拠に関して異議を唱えています。

僕は競争委員会が本件について下した結論の発表文書自体は読んでいないのですが、Screen Digestのリポートによると、競争委員会の結論は「Kangarooの事業開始によってネット上の動画コンテンツの卸売りと小売り(有料ダウンロードやレンタル)の面で競争が大きく阻害される」というところから導かれたそうです。また、それによってKangarooが母体であるBBC.ITV, Channel4のテレビ番組をユーザーに有料販売したり、親会社以外のテレビ局などにコンテンツを卸売りしたりすることを禁じるといったことが対策の案として示されているそうです。

一方、Screen Digestは「Kangarooが競争を阻害するのは動画コンテンツの有料販売ではなく、むしろコンテンツを無料提供する際の広告市場だ」と述べています。彼らの主張のポイントは以下のようなものです。
1.ネット上の有料動画販売ビジネスにおいては、コンテンツではなくデバイスを押さえているところが最大の力を持つ。
Appleは、イギリスのテレビ番組のダウンロード販売市場で90%以上のシェアを持っている。
AppleMicrosoftの2社によって、イギリスのオンライン映画市場の85%が押さえられている。
AppleMicrosoftにとって、ネット上のコンテンツ販売はそれ自身から利益を得るというよりもデバイスの売り上げを増やすための手段である(コンテンツ販売から利益を上げなければならないKangarooは、こうした企業と競争する際には分が悪くなる)。
−よって、Kangarooがネット上の有料テレビ番組販売で最強のプラットフォームとなる見込みは低い。
2.それとは対照的に、広告モデルの無料ネット配信ではコンテンツを握る会社が大きな力を持つ。
−オンライン動画の広告は2008年でネット広告全体の0.9%にしかならず、まだまだ生まれたばかりである
−そんな黎明期にあるオンライン動画広告の分野に地上波テレビの連合体であるKangarooが参入すれば、オンライン動画に回される広告費のほぼ全てを独占してしまう恐れがある。
−Screen Digestでは2012年のイギリスのオンラインTV市場を1.9億ポンドと予測している。収入面で言えばこのうち広告が占めるのは半分に満たない47%と見込まれているが、視聴回数で見ると全体の95%は広告付きの無料視聴になると予測されている。
−よって、Kangarooが広告モデルの無料ネット配信を行うことはオンライン動画の広告市場にきわめて大きなインパクトを持つ。

個人的には、どちらの点ももっともな主張だと思います。特に、YoutubeやYahoo, Comcast, Joostといった外部サイトにもある程度主要テレビ局の番組が合法的な形で配信されているアメリカとは違い、イギリスのテレビ局が放送する番組はほとんどが外部サイトでは視聴できないはずです*1。だとすると、競争委員会が待ったをかけなければ、テレビ局自身のウェブサイトを除いてはKangarooでしか英国内のテレビ番組を(合法的に)無料視聴することができないという、あるいはそれに近い事態になっていたのかもしれません。それはさすがに問題でしょう。

一方、Screen Digestはコンテンツの有料配信におけるKangarooの潜在的な力を過小評価しているのではないかという気もします。たしかにイギリスのiTunes上ではBBC, Channel 4, ITVの番組がいずれも販売されていますが、量で考えると各社のウェブサイトで無料配信している番組の方がずっと多いのです。iTunes上ではおそらく人気の高い番組を中心に販売しているのだと思いますが、だとすれば、Kangarooがロング・テール的なコンテンツを大量に集めることができれば、同じ有料配信といってもiTunesと正面からぶつかることなく独自の存在感を高めることも可能なのではないかと思えます。

いずれにしても、競争委員会もScreen DigestもKangarooのビジネスが反競争的だという点では一致しています。それなのに上記のように意見が割れているのは、Kangarooの事業計画の幅が広すぎるからでしょう。僕が理解する限り*2、Kangarooは広告付きの無料配信と有料配信(ダウンロード/レンタル)を組み合わせた事業モデルを目指していたはずです。しかし、それが具体的にどのような形で組み合わされるのかという点についてははっきりしていませんでした。このような、広げた風呂敷をすぼめることができずに外からは「何でもあり」的に見えてしまうようなレベルの事業計画しか描くことができなかったことが、各所からいろんな点を突かれて批判されてしまう要因の一部なのではないかと感じます。Kangarooは、自らがどんなサービスをどのような形で提供するつもりなのかを具体的に外に示さなければいけない時期に来ています。

*1:もちろん、海賊版のコンテンツをどこかで見つけてくるという方法はあるのでしょうが。

*2:そんなに丹念にKangaroo関連の動向を追っていた訳ではありませんが。