中国で始まった合法的ネット配信の動き

Variety Asiaに、中国で映画の合法的ネット配信を行うClick To See (CTS) Mediaという会社の記事が出ていました。ちょっと興味深い話題だったので紹介します。

中国は、映像コンテンツの世界最大の潜在的マーケットとして、また同時に海賊版天国として知られています。ハリウッドの業界団体MPAA(の海外部局MPA)のリサーチ・ペーパー「The Cost of Movie Piracy」(PDF)によると、2005年時点で中国の映画市場の海賊版比率は90%にも上ると推定されている程です。

もちろんハリウッド側も手をこまねいていた訳ではありません。政治力と自助努力をともに使って海賊版の駆逐に努めてきました。前者の例で言えば、ハリウッドは1980年代に音楽、ソフトウェアなどアメリカの他の「著作権産業」とともにIIPA(International Intellectual Property Alliance)という利益団体を作り、米国通商代表部(USTR)に働きかけることによって「スペシャル301条」などの制裁条項をちらつかせながら知的財産の保護が不十分と見なした国々に圧力をかけてきました。また、中国は世界経済に「1人前」のプレイヤーとして参加するための必須条件といえるWTO(1995年成立)への加盟をかねてから熱望していましたが、WTOの議定書には知的財産の保護を取り決めたTRIPS協定が含まれているため、中国のWTO加盟(2001年に実現)にあたっては知的財産の保護体制強化が必要条件のひとつとなりました。そしてアメリカはその後たびたび知的財産の保護が不十分であるとして中国(だけではありませんが)をWTOに提訴しています(最近のHollywoodreporterに、そうした訴訟のひとつでアメリカが勝訴したという記事が出ています)。

ただし、こうしたやり方を使ってですら「映画の海賊版比率90%」*1なのですから、政治的な圧力だけでは中国の海賊行為を抑えることは到底できなかったということです。そこで、ハリウッドの映画スタジオたちは中国で販売される合法的なDVDを低価格にしたり、劇場公開からDVDリリースまでの時期を短くしたりという自助努力も行ってきました。Varietyの記事によると、WarnerやParamountなどのスタジオは、中国で一部のDVDを劇場公開から2ヶ月で発売し、しかも新作で2.95ドルという安値で売りに出しているそうです。でも、同じ記事によると中国で売られている海賊版のDVDは1枚68セント程度といいますから、低価格とはいえ4倍以上の値がする正規版がどこまで普及したのかは定かでありません。さらに、海賊行為の主流がDVDからウェブ上に移行しつつある中では、DVDだけを対策の領域にするわけにもいきません。CTS Mediaの取り組みは、こうした状況の中でオンラインの世界に合法的配信を広めていこうとする試みだと言えます。

この会社のビジネス・モデルは、英米で普及してきているような「広告付きの無料動画配信」です。ひと月の間で200万回以上も映画「Red Cliff(赤壁)」を配信したと冒頭で紹介した記事にありますから、かなりの数のユーザーを惹きつけたことになります。セコイア・キャピタルやディズニー参加のベンチャー・キャピタルであるスチームボート・ベンチャーズなどから出資を受けていることからも、アメリカのコンテンツやテクノロジー関連業界から大きな期待が寄せられている会社であることが伺えます。「稼げるはずの収益の90%が海賊版のために消えてしまうよりは、多少でも広告収入があった方がましだ」という判断があったのでしょうか。

ビジネス・モデル自体が目新しいわけではありませんが、それを中国で行っているという点が注目に値します。以前読んだ「Copyright and the Creative Industries in China」という論文(PDF)に「映画が上げる収益の半分ぐらいは多国籍企業プロダクト・プレイスメントから来ている」という中国の映画会社幹部のインタビューが載っていて、驚いたことがあります。もしそれが本当ならば、少なくともその映画会社やプロダクト・プレイスメントのスポンサーにとっては、合法的であろうとなかろうと映画のリーチが最大化すればよいという論理につながってしまうからです。でも、非合法の無料(もしくは格安)アクセスが合法的な有料アクセスよりも遙かに一般的だという状況では、映画会社は興行収入やDVDの売上といったアメリカや日本では主力となる収益源とは違う方法で収益を上げなければなりません。そしてその中でプロダクト・プレイスメントは確かに収まりの良い手段です。とは言え、それでは映画が商品の宣伝のようなものになってしまうのではないかという懸念も出てきます。今回のCTS Mediaの取り組みのように、映画本編とは切り離されたところに広告を入れて収益を上げるという方法は、映画の製作者にとっても、視聴者にとっても望ましい流れなのではないでしょうか。

<追記>
CTS Mediaのウェブサイトはこちらです。僕は中国語の素養がないので、どんなコンテンツを提供しているのかとかそういったことは残念ながら全然わからないのですが。

*1:アメリカの映画だけを対象にした数字ではありませんが