Joostのリニューアル

Joostがリニューアルしたというニュース(IT PROの記事など)を見て、久しぶりにJoostのサイトを訪れてみました。Flashベースのサービスに移行したことにより、ユーザーは専用のプレイヤーをインストールすることなくブラウザ上で直接動画を視聴できるようになったそうです。また、作品に対するコメントを投稿したり、友人同士がどんな番組を見たかを知ることができたりといったSNS的な機能も追加されたということです。

ご存知の方も多いと思いますが、Joostは、ウェブ上でテレビ番組などプロが制作した映像コンテンツを無料配信(CMつき)するサービスです。そして、当初のJoostには、英米のテレビ局などが自前で行っている番組のネット配信と比べて大きく2つの長所がありました。

まず、配信プラットフォームをグローバルなものとしたこと。Joostは、ライセンスの及ぶ範囲に応じてコンテンツを提供しています。BBCアメリカの主要テレビ局などが行うネット配信が自国からのアクセスのみを認めているのとは対照的に、Joostでは権利が認められたものについては全世界向けの配信を行っています*1。そして、P2Pの技術を使ったサービスであること。これにより、視聴者数が増えた時のネットワークの安定性が高まるとともに、配信コストを抑える効果が期待できます。

しかし、サービスが始まった当初は大きな期待が寄せられたJoostですが(例えばASCII.jpの記事)、最近は話題にのぼる機会がめっきりと減っています。Daily Techの記事Joostの問題点としてコンテンツ不足、待ち時間の問題、そして専用プレイヤーのダウンロードが必要なことという3点を挙げています。

それでは、今回のリニューアルはこうしたJoostの長所と短所にどのような影響を与えたのでしょうか。ウェブ上の関連記事や自分が新たなJoostのサイトにアクセスした感想を元にして、リニューアルによる主な変化を以下のようにまとめてみました。
【長所】
 グローバルな配信プラットフォーム ⇒ 変更なし
 P2P技術 ⇒ 廃止(New York Timesの記事より)
【短所】
 コンテンツ不足 ⇒ 依然、不足のまま*2
 待ち時間 ⇒ 特に気にならず
 専用プレイヤーのダウンロード ⇒ DLする必要がなくなった 

上記のNew York Timesの記事は新生Joostを「Huluのクローン」と呼んでいます。言い換えれば、今回のリニューアルによってJoostのユニークさが薄れた一方で、アメリカ国内ではHuluを超えるほどインパクトのあるサービスにはなっていないということです。ですが、グローバルな視点から見た時には、JoostにはHuluにはない優位性があります。現時点のHuluがアメリカ国内向けのドメスティックなサービスであるのに対し、Joostはグローバルなサービスを運営しているからです。

この点はJoostの大きな武器になるはずですが、残念ながらリニューアル後のJoostのサイトを日本から利用した感じでは、Joostはその強みを上手く活かしきれていないという印象を受けました。Joostは「グローバルなプラットフォーム」という長所と「グローバルに配信できるコンテンツの質」を上手く組み合わせることができていないために、“アメリカ外”ではHuluにもYoutubeにもなれない中途半端なサイトとしてブランド力を自ら下げてしまっているのではないかと感じるのです*3

クリス・アンダーソンの著書『The Long Tail』の中には、ロングテールとは言ってもただニッチなものをかき集めれば良いのではなく、ヘッドとテールの部分を組み合わせることが重要だといった趣旨のことが書かれていたように記憶しています。ヘッドの部分で多くの人を引き寄せ、テールの部分で彼らそれぞれの掘り下げた関心分野にまで対応することによって相乗効果が得られるということです。例えばHuluは映画やテレビ番組などを提供するサイトなので全体的にヘッド寄りのサービスと言えますが、その中でも最新の人気ドラマやコメディのエピソードがヘッド、そして過去の番組やケーブル専門チャンネルのコンテンツなどがテールという位置づけになっています。一方、投稿動画から成り立つYoutubeはテール寄りのサービスですが、膨大な数のコンテンツが投稿されるので割合は低くてもある程度の数の面白い動画が生まれる素地があります。また、不法にアップロードされたテレビ番組などがヘッドの役割を果たしていると考えられます。

ところが、日本などアメリカ以外のユーザーが体験するグローバルなサービスとしてのJoostは、位置づけが非常に微妙です。JoostはHuluと同様にプロが制作した動画コンテンツをライセンス処理して配信するサービスです。でも、New York Timesの記事で紹介されているような、アメリカではJoostで視聴できるという「Friends」のアーカイブ、CNNの選挙番組、その他CBS, ViacomやWarnerなどから提供された番組は、少なくとも僕が日本からJoostにアクセスした際には見当たりませんでした。アメリカ国外でのJoostには、一番のヘッドとなるべきコンテンツがすっぽりと抜け落ちているのです。かといって、権利関係をクリアしたもののみを配信するサービスとしては、Youtubeのように「削除依頼が来なければ何でもあり」的な戦略をとることはできません。かくしてグローバルなJoostは、「ヘッドのないヘッド寄りのサービス」となってしまうのです。

核になる作品(人気のテレビドラマなど)も何でもあり的な熱気もない配信プラットフォームの弱点は、ユーザーにそのプラットフォームへの期待感や忠誠心を抱かせるのが極めて難しい点です。実際、僕はJoostに行けばどんな面白いコンテンツが見られるのかというイメージを思い浮かべることがほとんどできませんでしたし、Joostのサイトを訪れてコンテンツのラインナップを見た時でさえも知っている番組やタイトルを見て視聴意欲をそそられるようなものは全くといって良いほどありませんでした(だから、グローバルなユーザーにとって何がJoostの売りなのかと言われると今でも答えが見つかりません)。さらに、今のJoostには、そういう馴染みのない作品たちの中から見るに値するものをユーザーが見つけ出す手助けとなるようなシステム(例えば、Youtubeに見られるような、作品の視聴回数や点数評価などがひと目でわかるようなもの)がほとんど整備されていないのも気になります*4。あらかじめ目当てとしている番組があるわけでもなければ、馴染みのないコンテンツたちのなかから話題のものや面白いものを抽出する仕組みも十分でない配信サービスというのは、ユーザーにとってはかなり魅力の薄いサービスです。そしてそれは簡単にユーザー離れにつながってしまうのではないでしょうか。

このようにJoostは、中途半端なコンテンツを中途半端にグローバル配信することによって、グローバル市場における自社の評価を下げてしまっているのではないかという気がするのです。ライセンスの許す限りでコンテンツのリーチを広めるというJoostの戦略は、既存のコンテンツビジネスの秩序と調和しつつ国境のないネットの世界の特長も活かすことができるという優れたモデルだと思います。でも、権利ビジネスの世界がメディア間の違いや地理的な区分をはっきりさせることによって収益の最大化を目指すという仕組みで成り立っている以上、こうした理念上のモデルが世界規模で上手く機能するのは、残念ながら現状ではなかなか難しいのかもしれません。

*1:heatwaveさんのブログ「P2Pとかその辺のお話」に、非常にわかりやすい初期のJoostのレビューが書かれたエントリーがあります(こちら。)。その中に、当時のチャンネルと利用可能地域をまとめた表が出ています

*2:アメリカからJoostにアクセスして視聴できるコンテンツと日本から視聴できるコンテンツの量が違うので(前者のほうがずっと多い)、「依然コンテンツが不足している」という僕の感想が必ずしも世界的に当てはまるのかどうかは断言できません。

*3:アメリカ国内と国外という区分けが本当に適切なのかどうかは確信が持てませんが(カナダやヨーロッパではそれなりに充実したラインナップが揃っている可能性もあるので)、英語版WikipediaのJoostの項目に「コンテンツの多くがアメリカ国内のユーザーのみに限られている」という記述があるので(10/17時点)、このエントリーではJoostのサービスを「アメリカ」と「それ以外(=グローバルなJoost)」という区分けで考えることにします。

*4:Joostのスタッフによるピックアップ作品などは紹介されていますが。