オンラインビデオにより多くのCMを流す試み

Ad Ageによるとアメリカのテレビ局などの間で、無料でネット配信している番組に挿入するCMを増やそうと言う試みが出てきているそうです。ABC.com,CBS.comやHuluといったウェブ上の配信サービスの魅力のひとつは、同じ番組でもテレビで流される時と比べて広告が圧倒的に少ないことです。普通、テレビだと番組内に2分ぐらいのCMが入りますが、ネット配信の場合は大抵15〜30秒。1回につき1本のCMしか流れない(しかも画面上にはご丁寧にあと×秒で番組が再開します、というクレジットが表示されたりする)というのが一般的でした。でも、その慣習が今後見直されてしまうかもしれません。

Ad Ageの記事によると、今の「少ないCM」戦略では収入とコストのバランスが取れないんだそうです。

たとえ彼ら(テレビ局)が広告をCPM*1が$30〜$50という良い値で売ることができたとしても、費用を払うのに十分ではないのだ。配信業者は、たとえば「The Office」のような番組を丸ごとストリーミングしたとしても、ほとんど収益が上がらない。通常、回線(bandwidth)やホスティング、その他技術にかかるコストをカバーすることさえできない。そしてそれらのコストは、高画質(High definition)のビデオでは3倍になる。

実際、ABCは「Desperate Housewives」や「Lost」といった人気番組のネット配信に対して広告を増やしてユーザーの反応を見るという実験を行ったと記事に書かれていました。

本当に今のネット配信の広告モデルが利益を上げるに至っていないのかどうかは、残念ですが検証できそうなデータが見つかりません。でも、仮にテレビとウェブである番組が同じ回数のCMを同じCPMで流すとします。前者は1回につき2分(30秒×4)、後者は30秒×1本のみのCMを入れるのであれば、1本の番組で流れるCMの回数は4倍違うことになります。しかも、地上波テレビとネット配信では視聴者の数が全然違います。以前、Huluの月間ストリーミング数が1億回を越えたというエントリーを書きましたが、それを1日あたりにすると大まかに340万回。もちろん、その中にはCMが入っていない2〜3分程度のミニクリップも含まれています。一方、地上波の人気番組(「Dancing with the Stars」,「Grey's Anatomy」,「CSI」など)は1回の放送で1500万人以上に視聴されています(Nielsenの資料率データ)。CPMの考え方を単純に当てはめると視聴者数が増えるほどCM収入も増加するので、ここでも両者の間には大きな差が生まれることになります。ネット配信では番組に対するコストが格段に小さい*2ので単純な比較はできませんが、CM収入という点で見れば地上波テレビよりもずっとずっと少ない額であることは確実です。

ビジネスとして行う以上、ウェブ配信の収益化は企業にとって必須です。でも、一方で記事にもあるように、CMを増やすということはスポンサー(1本当たりのCMの効果が薄れる恐れがある)からもユーザーからも反発を招くことになるでしょう。テレビ局のネット配信はユーザーにとって使い勝手の良いサービスを追求することで視聴回数を増やしてきたという経緯があるだけに、CMを増やすかどうかというのは難しい決断になりそうです。

もうひとつ今回のAd Ageの記事を読んで気になったのが、上に引用した一番最後の文章です。「HD画質でコンテンツを提供すると、回線費などのコストが3倍になる」。当たり前かもしれませんが、これはただでさえネット配信の収益化に苦しんでいるテレビ局などにとっては大きな負担になるでしょう。画質の向上は、ウェブ上の動画に対するユーザーからの大きなリクエストのひとつです。そのため、アメリカのテレビ局各社は実験的に一部の番組をHD画質で配信しています(関連エントリー)。でも、3倍のコストをかけて高画質の番組をネット配信したとしても、視聴者が3倍に増えることはないでしょうし、3倍のCM料金をスポンサーに要求するわけにも行きません。中長期的に見れば高画質化に向かう流れは確実にありますが、今テレビ局がそれを行おうとすると自らの首を絞めることになってしまうのです。ABCやHuluが動画のネット配信を行うためにどれほどの回線代を払っているのかは非常に興味があるところですが、この費用が下がってこないとネット配信で流れる無料コンテンツが幅広くHD化されるのはなかなか難しいのかもしれません。

*1:Cost per Mille。1000人の視聴者にリーチするために必要なコスト

*2:基本的に2次使用になるので、制作費はかからずライセンス代を払うことになるはずです