デジタル時代のコンテンツ配信は「呼び寄せ」型から「追いかけ」型へ

前回のエントリーでは、Huluのポジショニング戦略を紹介しました。テレビ番組や映画などのプレミアム映像コンテンツを扱うオンライン配信事業者は、新しいテクノロジーを権利ビジネスという旧来の仕組みと上手に結びつけられるかどうかが成否を分ける要因となるので、コンテンツの権利を握っている伝統勢力(テレビ局、映画スタジオなど)と「近過ぎず、遠過ぎず」の関係を戦略的に築き上げることが重要だと述べました。

ここでは、業界内の企業同士の関係に焦点を当てています。でも、映像のオンライン配信をビジネスとして考える時には、どのようにして視聴者にコンテンツを届けるのかという「ユーザーとの関係」も業界内の関係と同じぐらい大切になると僕は考えています。今回はネットを用いた映像コンテンツ配信がそれ以前と比べてどのように変わったのかということをテレビとの違いに注目して考えてみたいと思います。

テレビというメディアの伝統的な特徴は、放送局がコンテンツに対する圧倒的なコントロール力を持つ呼び寄せ型サービスだということです。各種の録画機器やポータブルTV,ワンセグなどいろいろな機械は確かに出てきていますが、基本的な仕組みとしては、視聴者はテレビの前に来ないと番組を見ることができません。しかも、チャンネルや時間(番組編成)を管理しているのは放送局です。視聴者は、見たい番組がある時には決められた時間にテレビの前に来て、指定されたチャンネルをつけなくてはいけないのです。

そして、多チャンネル化とも呼ばれるこの20年ばかりのテレビの発展は、「放送局のコントロール力」「呼び寄せ型サービス」という原則を残したまま視聴者の選択肢を増やすという性質のものでした。ケーブルテレビや衛星放送の誕生と普及は、業界内の力関係には影響があったかもしれませんが*1、対ユーザー関係ということを考えると地上波テレビしかなかった時代とほとんど変わっていません。まず業界側がサービスの仕組みを規定し(例えば、WOWOWやスカパーが開局する、CATVがエリアを拡張する、など)、あくまでその枠内で視聴者の選択肢が増える(WOWOWやスカパー、ケーブルに加入する)というのがその構図です。衛星放送にしてもケーブルにしても、放送局側がチャンネルと番組編成を決め、ユーザーはそれに従ってテレビの前で番組を見るというコンテンツ・デリバリーの原則は全く変わっていなかったのです。

でも、ネットを通じた映像コンテンツ配信は、このコンテンツ・デリバリーの部分に根本的な変化をもたらしました。ユーザーがネット上で簡単に、そして安価にコンテンツを複製、配布できるようになったことにより、「テレビ番組はテレビで見るもの」「番組を流す時間やチャンネルはテレビ局が決めるもの」というこれまでの業界のルールが通用しない世界が登場したのです。ネット上に溢れる海賊版のテレビ番組が示すように、ネット上でのコンテンツ配信においては、放送局のコントロール力は電波の時代と比べて大幅に弱まりました。代わってネット上ではユーザーによるコンテンツ配信のコントロール力が強まったのです。

このように考えてくると、映像コンテンツのオンライン配信を行う際には、出来る限りネット上でのユーザーの生態に即した形で合法的なコンテンツを提供する必要があるのではないかと思えてきます。ビジネスとしてオンライン配信を行う以上、何でもかんでもユーザーの言うことを聞けばいいという訳にはいきません。ですが、配信する事業者側の論理だけを全面に押し出してユーザーのニーズを考慮しない配信の仕組みを作っても、それはネット上では機能しません。海賊版を利用するユーザーが増えるだけでしょう。そして、ネット上でのユーザー・ニーズを尊重するためには、「放送局のコントロール力」「呼び寄せ型サービス」という伝統的なテレビ番組の配信スタイルから脱却する必要があります。

テレビ局がネットでの番組配信に取り組むという場合、一番最初に思いつくのが「自社のウェブサイトに番組をアップして、ユーザーに見に来てもらう」というものでしょう。オンデマンド形式で提供すればユーザーは好きな時間に視聴できますし、テレビ画面以外の場所でも番組を見ることができるという点では、いくらかユーザーの自由度が高くなったサービスと言えるかもしれません。でも、それだけでは不十分です。ウェブ上のコンテンツ配信は、自社サイトにユーザーを呼び寄せるだけでなく、「ユーザーがいるところ」までコンテンツを届けていかなければ十分なアテンションを得ることができないのです。

前回に続いてHuluを例に出して見ましょう。Huluは、自社のウェブサイトでテレビ番組や映画などをストリーミング配信しているだけでなく、さまざまな「配信パートナー」のサイトを通じてもコンテンツを提供しています。パートナーには、YahooやAOL,Comcastといった大御所もありますが、より興味深いのは、MyspaceFacebookといったソーシャル・ネットワーキングのサイト上でもHuluのコンテンツを見ることができたり自分のウェブサイトやブログに貼り付けることができたりといったように、企業ではなくユーザー間のコミュニケーションをも用いてコンテンツのリーチを拡大しようとしている点です*2。例えば、Facebookの自分のプロフィールのページにHulu上のお気に入りのドラマを貼り付けておけば、自分がその番組のファンだということを示すだけでなく、そのページを見た友人が興味を持ってその場で同じ番組を見始めるかもしれません。これは、日本で言えばMixiのマイページでお気に入りの番組を見ることができるようなものだと言えばわかりやすいかもしれません。「SNSが話題になっているのなら、そこまでコンテンツを届けてやろう」というのがHuluの戦略です。わざわざHuluのサイトに来てまでは番組を見ないという人でも、自分がいつも訪れるSNSのページ上にちょっと気になるドラマやコメディのクリップが貼り付けてあれば、それをクリックしてくれるかもしれないという発想です(その場合、Huluが得るCM収入の一部がSNSに支払われることになります)。

また、BBCは自社のオンライン配信プラットフォームiPlayerをiPhone任天堂Wiiなどに対応させることにより、BBCへの接触率が低い若者のところに自社のコンテンツを届けようとしています。ネット配信されるコンテンツは必ずしもパソコンで視聴される必要はなく、携帯電話でもいいし、ゲーム機を通じてテレビで見てもいいというのがBBCの方針のようです。これもHuluと同じく、ユーザーを自社のテレビチャンネルやウェブサイトに呼び寄せるだけでなく、ユーザーのメディア使用実態に合わせてコンテンツ・デリバリーの方法を工夫していこうとする作戦です。

こうした例に共通して見られるのは、ネット上ではユーザーを自社サイトに呼び寄せるだけではなく、ユーザーが集まるところまで自分たちの方から追いかけていってコンテンツを提供しようという姿勢です。そこには、オンラインの世界ではコンテンツの中身だけでなくその届け方についてもユーザーのニーズを第一に考えないと振り向いてもらえないという危機意識(逆に考えれば、ウェブ上のユーザーの生態に合った形でコンテンツを届けることができればより多くの人を自社のコンテンツに惹きつけることができるはずだという意識)が強く感じられます。オンラインの世界だからといって「呼び寄せ型」の配信が意味を失うことはないでしょう。それは引き続き主力の配信モデルとして残るはずです。でも、それだけをしていれば良いという訳には行きません。ネット上では、メディア体験のコントロール力が放送局など旧来のメディア企業からユーザーに移行しつつあることを考えれば、放送局からではなく、ユーザーからウェブ上の新たなトレンドが生まれることは何ら不思議ではありません。そうした動きを正確に読み取り、SNSのようにユーザーたちを夢中にさせる何かが現れたときにはそれをすぐに追いかけていってホットな場までコンテンツを届けるという「追いかけ型」の作戦がオンライン配信には求められているのだと感じます。

*1:アメリカではケーブルテレビが地上波に匹敵するほどの市場として成長しましたが、日本では今でも地上波テレビの覇権は揺るいでいません

*2:Huluほどは徹底していませんが、CBSもAOLやJoost, Veohなどと組んで外部サイトで自社の番組を提供しています