WIREDに載ったHuluの記事

このところHulu関連のエントリーが続いていますが、最近WIREDのウェブサイトに掲載されたHulu関連の記事がとても興味深いので紹介します。

「Free, Legal and Online: Why Hulu Is the New Way to Watch TV」と題されたこの記事は、最初にその事業計画が発表された時にはオールド・メディアであるテレビ局がネット配信に参入しても上手く行くわけがないとして「Clown.Co (道化師、とでもいった意味です)」とまで酷評されたHuluが、いかにしてユーザーの支持を得るサービスとして生まれ、成長してきたかという舞台裏を取り上げています。特に面白かったのが、Huluは当初から今のような革新的な姿が想定されていた訳ではなく、CEOとして外部から迎えられたJason Kilar(現在36歳)が旧来の価値観を持つ親会社や映画スタジオの重役たちを説き伏せながらオンラインの世界にふさわしいサービスの仕組み作りをリードしてきたということが詳しく描かれていた点です。以下、記事の要約です。

NBCとNews Corpが共同でベンチャーを設立して番組のオンライン配信プラットフォームを始めよう計画していた時、そのベンチャー企業価値を判定し、またそれが単なるNBCとFOXのプロモーション・サイトだという印象を外部に与えないようにするためにベンチャー・キャピタルからの出資を受け入れることになりました。

ところが、当初のNBCとNewsの計画では、どちらも既存のビジネスに悪影響が出ることを恐れて、提供する番組はほんの数本ずつ、しかも最近のエピソードのみをオンラインで配信するという程度のことしか考えていなかったそうです。そこで、このプロジェクトを成功させるにはテレビ業界での経験を持たない人(=テレビ業界の慣習にとらわれない人)が必要だということになりました。そして白羽の矢が立ったのがKilarです。Kilarの前職はAmazonの重役で、彼はAmazonの取り扱い品目にホームビデオを加えたり、ワンクリック購入やAmazonプライムの導入といったプロジェクトを推進してきた人です。

Kilarが誘いを引き受けたのは、映像のオンライン配信にビジネスとしてのチャンスがあると感じたからだそうです。

音楽業界はデジタル文化を先導するチャンスを逃してしまったけれど、彼はハリウッドにはまだチャンスが残されていると見て取った。6000万以上のアメリカ人がブロードバンドを使っているのに、ほとんどの人はBitTorrentを使ってシットコム*1をダウンロードするといった習慣には染まっていない。音楽業界には上手くできなかったビジネスモデルの転換を自分が手助けできたらどうだろう?

KilarがLAにあるHuluの準備オフィスに来てみると、そこにはすでに何人もの人がいました。親会社であるNBCとFOXから一時的に送り込まれてきた20〜30人の社員と40数人のコンサルタント。ウェブサイトのデザインやプログラミングを全て外注しようとする彼らの計画にKilarは激怒し、「すべてのコードを自分たちで書かなければいけない」として親会社の社員もコンサルタントも送り返してしまいました。

Google, Flickr, Youtubeといったトップ・クラスのインターネット・サービスが上手く行っているのは、それらがシンプルだからだ。Kilarは見かけがきれいでごちゃごちゃしていないサイトを望んだ。プレイヤーをインストールしなくてはいけないのではなく-それは、Joostの成功を妨げる一因だった-、ブラウザー上で動くサービスが作りたかった。そして彼は、そのサービスを自分の62歳の母親が15秒以内で動かせるほど簡単なものにしたかった。もちろん、彼はたくさんの番組を提供したかった。

それから、Kilarは番組のデジタル配信に及び腰なNBCやFOXの重役たちを説得して提供する番組を増やし、またそれらをユーザーのウェブサイトやブログに貼り付けできるようにするといったことを認めさせていきます。

彼は、より多くの番組を獲得することに力を注いだ。色つきの集計表-緑色はYes,黄色はMaybe,赤はNoを意味していた-を持ち、FOXとNBCがコントロールする全ての映像資産をリストアップしてどんな法的ハードルが残っているのかの詳細を記載した。権利はネットワークが持っているのか、プロデューサーか、それとも第三者か。音楽の権利はすべてクリアできるのか。

(要約ここまで)

このような、テレビ界の人間からしてみたら革新的な、そして同時に地道な取り組みの結果生まれてきたのが、今あるような姿のHuluというわけです。前々回のエントリーで、コンテンツ・ホルダーに対して「近過ぎず・遠過ぎず」という巧みな距離感を取るHuluのポジショニング戦略は親会社であるNBCとNewsにそれを認める度量があったからだという趣旨のことを書きましたが、この戦略を打ちたて、それを実現するイニシアティブを取るということはやはり長年伝統的な業界のルールに従って生きてきた人たちでは無理だったようです。

ユーザーの満足感を高めることに対するKilarの思いは、提供する番組の数だけに留まりません。彼はウェブサイトの使いやすさにも相当なこだわりを持っています。最近ニューヨークで開かれたメディア関連の会議でのスピーチで、Kilarはディズニーのテーマパークを例に挙げてこんな発言をしたと紹介されています(Paid Contentの記事)。

Kilarが(ディズニーのテーマパークで)驚いたのは乗り物やコスチュームを着たキャラクターではなく、園内の掃除をするスタッフだ。「ディズニーの文化は品質をとても気にかけていて、その最たるものが園内の掃除だ。ウォルト・ディズニーは他のテーマパークでゴミが落ちているのを見かけて、自らテーマパークを作ろうということを思いついた。この品質へのこだわりがHuluに影響を与えている。私たちは、Huluのサービスのひとつひとつのピクセルにまでこだわりを持っている(We obsess over every pixel in our service)」

僕がアメリカにいた時にも、Huluはウェブサイトのボタンの位置や大きさ、文字のサイズなどあらゆる細部にわたって徹底的に議論を重ねて決めているという話を聞いたことがあります。使いやすさにはそういうデザインの部分もあるでしょうし、見たいコンテンツの探しやすさ、リコメンデーション機能、ブログなどへの貼り付けといったことも含まれています。充実したラインナップと使いやすさが組み合わされて質の高いサービスが生まれるというHuluの理念は、映像コンテンツのオンライン配信を考える上で大いに参考になりそうです。

*1:シチュエーション・コメディの略。「Friends」などに代表される、いつも同じ顔ぶれの出演者がドタバタ劇を繰り広げるコメディ