着々と国際化の準備を進めるHulu

日本から普通にHuluにアクセスして動画を見ようとすると、こんな画面が表示され、アメリカ国外からは利用できませんというメッセージが出ます。でも、著作権をクリアしたテレビ番組などを合法的に無料で提供するオンライン配信プラットフォームとしてHuluがユニークなのは、創立以来「いずれサービスを国際的に展開する」という方針を明確に掲げていることです。

HuluのFAQページには、こんなことが書かれています。

今のところ、Huluはアメリカ国内のみのサービスです。でも、私たちは増えつつあるHuluのコンテンツを世界中で利用できるようにするつもりです。そのためには、それぞれの番組や映画について、それぞれの地域で権利をクリアする必要があります。少し時間がかかりそうです。でも嬉しいことに、数多くのコンテンツ・プロバイダーたちが、彼らの番組が世界の、より多くの人々に見てもらえるよう調整を進めているのです。Huluのチームは、質の高い番組が世界中で利用できるように全力を尽くします。

何とも歯切れのいい、すかっとした答えです。

でも、国際展開のための権利処理は厄介な問題も含んでいます。Huluは自社でコンテンツの著作権を持つ会社ではないので、映画会社やテレビ局から権利を買わないといけません。しかし人気番組などではすでに別の国のテレビ局が自国内の放送権などを購入していることも多いので、そうした場合にどうやって対処するかというのが壁になるのです。例えば、NBCのドラマ「Heroes」はhuluの人気コンテンツのひとつでもありますが、イギリスではこのドラマはBBCで放送されています。10月からが新シーズンの開始なので、「Heroes」がiPlayerでも提供されるのかどうかはわかりません。でも、いずれにしても、もしHuluがイギリスでサービスを始めて「Heroes」の無料オンライン配信を始めてしまったら、BBCは良い顔をしないでしょう。当然、視聴率の低下に対する懸念が出てきます。特に、国際展開される番組は大抵本国で先に放送される(「Heroes」の場合、アメリカでは9/22,イギリスでは10/1にシーズン3のプレミアが放送)ので、アメリカの放送日時に合わせてHuluに「Heroes」がアップされてしまうと*1、イギリスではテレビよりも先にウェブで公開されるといった事態になり兼ねません。高いお金を払って自国用の放送権を買ったBBCとしては絶対に受け入れられないことでしょう。このように、国や地域ごとに放送権が切り売りされるという伝統的なテレビ番組の国際ビジネスの慣習と、ある特定の会社が国境を超えてサービスを行うというネット時代の新たなモデルは、あまり相性が良くないのです。

これに対してHuluが考えているやり方は、「国ごとにジョイント・ベンチャーを起こす」という方法のようです(Silicon Alley Insiderの記事)。今あるHuluのサイトへの地理的なアクセス・ブロックを解除するのではなく、サービスを始める国ごとに、現地の会社と組んで新しいプラットフォームを作っていくということです。パートナーになるのは、FOXやNBCの現地支社かもしれませんし、現地のテレビ局や映画会社かもしれませんし、通信会社になるのかもしれません。

このアプローチは、Huluの親サイトに世界中からユーザーを集めるという方式よりも実現性が高いと言えるでしょう。上に挙げた例のような国際配信に伴う権利問題も、解決しやすくなります。たとえば、イギリスではBBCが「Heroes」の放送権、配信権をともに保持しているのであれば、イギリス版Huluのラインナップからは「Heroes」を除こうか、という話がしやすくなるからです。また、現地のコンテンツ・ホルダーと組むことによってそれぞれの国で作られた番組をHuluに加えやすくなりますし(イギリス版Huluにはイギリスのドラマやコメディも含まれる、といったように)、英語圏以外で展開する場合にも現地語による字幕をつけたりする作業がしやすくなるでしょう。CMの面を考えても、少数のグローバル企業を除けば、CMの届く範囲がある一定の地域(ひとつの国の中)に定められている方がより魅力的と言えるかもしれません。ローカライズされたサービスを国ごとに展開し、それをネットワーク化することでHuluというブランドを国際化していくというのがこの会社の戦略のようです。

「そのやり方はわかるけど、それにしても国際展開にはあと2年ぐらいかかるんじゃないかな」と個人的には思っていました。でも最近、いつもチェックしているニュースサイトでHuluの求人広告が出ているのをふと見つけて考えが変わりました。それがInternational Business Developmentという職種での求人だったからです。

それによるとこんな人が求められています。

職務(Responsibilities)
・Huluのサービスの新たな国際展開の機会を詳しく調査し、優先づけすること
・新たなマーケットにおけるコンテンツと配信の鍵となるパートナーを見つけ出し、パートナーシップを結ぶこと
・それぞれのマーケットにおける正式立ち上げを主導すること

求める条件(Qualifications)
・オンラインの事業開発で7年以上の経験を持ち、国際的、技術的な分野に強いこと
・しっかりした国際ビジネスの経験を持つこと
・ビジネス上の関係を築き上げる能力に秀でていること
・主要な技術分野に精通していること
・市場調査、データの収集と分析への深い理解を持つこと
・口頭及び文書における高いコミュニケーション能力
・複数の仕事を同時にこなし、優先づける能力
・時間を守って問題を解決する能力

ポジションについては何も書かれていませんでしたし人のマネジメントについても触れられていませんが、ぱっと見た感じではマネージャー・レベルぐらいの経験を持つ人を求めているように感じられます。

それにしても、この動きの速さには本当に驚かされます。Huluは、ベータ版のサービス開始が昨年の10月末、そして正式版の立ち上げが今年の3月です。正式にサービスが始まってからまだ半年しか経っていないのです。アメリカ国内で、自社の足場を固めることのみに注力していても全くおかしくない時期です。そんな会社が、将来の国際化に向けた方針を表明するだけでなく、実際にそのための人材募集まで行っているのです。この夏に日本からHuluのサイトにアクセスした時、「Huluは今のところアメリカ国内向けのサービスだけど、あなたの国で利用できるようになったらお知らせするからメールアドレスを教えてください」といったメッセージが出ていました(さっき試してみた時にはそのメッセージは出ませんでした)。それを見たときには、これはやる気を示すためのポーズかなと思ったのですが、違っていたようです。この会社は本気で国際化を進めようとしていますね。この分だと、随分早い段階でHuluの国際版というのにお目にかかれるかもしれません。同じ英語圏のカナダやイギリスから始まっていくのかなと想像していますが、日本語版というのもぜひ早めに作ってもらいたいです。

*1:通常、テレビ局やHuluはテレビ放送の翌日に番組のウェブ配信を始めます