オンライン配信と公正競争

イギリスで準備が進められているテレビ番組のオンライン配信プラットフォーム「Kangaroo(カンガルー・仮称)」ですが、早ければ今年の夏、遅くとも年内中にサービスを開始したいという当初の予定が遅れてしまいそうな状況になっています(Paid Contentの記事)。

イギリスでは、すでに地上波のテレビ局(BBCITV,チャンネル4、Five)はそれぞれ独自にオンライン配信を始めています。KangarooはそのうちBBC,ITV,チャンネル4の3局が持つ番組をひとつのプラットフォーム上でイギリス国内向けに提供しようという試みです。ちなみに、Fiveはこの連合に加わっていません(理由はわかりません)が、ここはイギリス最後発の地上波テレビ局で存在感が非常に薄いところなので、入っていなくてもあまり問題はないのかもしれません。

昨年末に英Guardian紙に載った記事などを参考にすると、Kangarooはまずウェブ上で無料・有料レンタル・購入の配信を開始し、他のコンテンツ・プロバイダーなどにも参加を呼びかけながら最終的にはテレビでもサービスを利用できるようにするのが目的だそうです。無料のコンテンツには広告がつきますから、営利のサービスです。だから、BBCからは本体ではなく子会社のBBC Worldwideが参加しています。

このKangarooはイギリスのテレビ業界では非常に注目されているプロジェクトです。8年間BBCのデジタル戦略を統括してきたAshley Highfieldは、この春に職を辞してKangarooのCEOになりました(Guardianの記事)。彼は、iPlayer(BBCの番組をウェブ配信するサービス)の立ち上げやYoutube上でのBBCチャンネル開設などを率いてきた人です。イギリスにおけるデジタルメディアの超大物が新たな道としてKangarooを選んだことからも、力の入れようが伝わってきます。

しかし、BSkyB(イギリス最大の衛星放送運営会社)やVirgin Media(イギリス最大のケーブルテレビ運営会社)など、自らがオンデマンドサービスを行うライバル企業との間の競争を阻害する恐れがあるとして、公正取引委員会からの調査が入ることになりました(今年4月のGuardianの記事)。年内にはまとまるはずだったその調査報告書の締切がつい最近来年1月まで延ばされたため(Guardianの記事)、Kangarooが実際にサービスを開始するのも年明け以降になってしまいそうだとのことです。

消費者の利益と公正な競争を考えると、難しい問題ですね。アメリカでは、NBCとFOXが共同で行っているHuluはありますが、残る2つの主要ネットワークのABCとCBSはそれには参加せず、独自のオンライン配信を行っています。でも、使う立場からすれば、「どこかひとつのサイトに行けばすべてのテレビ局の番組をウェブ上で視聴できる」ようになれば良いのにな、という思いがあります。実際のところ、HuluはSonyやMGM,ケーブルチャンネルなどからもコンテンツの提供を受けていますし、「来たければABCもCBSも拒まない」という姿勢を取っています。ワン・ストップ・プラットフォームができれば、利便性は確実に高まるでしょう。

でも、今回イギリスで問題にされているのは、もしそうしたプラットフォームができてしまうと、競争が働かずに他の事業者を圧迫したり、有料コンテンツの値段が高止まりしてしまう恐れがあるかもしれない、という点です。Kangarooは無料配信だけでなく有料配信も手がけるということで(どちらが主眼となるのかはいまの段階ではよくわかりません)、いっそう周囲の目が厳しいのかもしれません。

再びアメリカの話を例に挙げれば、HuluはAOLやYahooといったオンラインのプレイヤーに加えてケーブルテレビ最大手のComcastとも共同して、Comcastのウェブサイト上から直接Huluのコンテンツにアクセスできるようにしています。そうして見られたコンテンツについては、広告収入の一部をComcastに分配するという取り決めがなされています。Virgin MediaはComcastと同じような業種の会社ですし、BSkyBも傘下に抱えるISPを通じてパソコン向けのVODサービスSky Playerを提供しています。そう考えると、Kangarooと対立ではなくて協力できる可能性もあると思うのですが。しばらくは、どうなっていくのかを見守りたいと思います。


<追記>
Kangarooは、Joostからも攻撃されているみたいですね(Paid Content UKの記事)。Joost曰く、「(KangarooプロジェクトでBBC, ITV, Channel4が協力すると)これらの局のコンテンツを仕入れることが出来なくなるので、自社が競争で不利になる」という不満があるようです。