インターネットが配信ビジネスに与える影響 -3

ブロードバンドの普及によって従来のウィンドウ戦略が大きな打撃を受けている中で、テレビ局や映画会社が取った3つ目の対策は、自分たちの側からコンテンツをウェブ上に流してしまおうというものです。アメリカでは、2005年から4大ネットワーク(ABC, CBS, NBC, FOX)が相次いで自社のウェブサイト上でドラマやコメディのオン・デマンド配信を始めました(iTunes上での動画コンテンツの販売が始まったのとちょうど同じ頃です)。また、イギリスでも2006年12月にチャンネル4がオンラインのVODを開始したのに続き、BBCITVも2007年夏には同様のサービスを立ち上げています。一方、映画についてはスタジオが自ら自社作品のオンライン配信を行うことはなく、ウェブ配信のベンチャー企業を出資などの形でサポートすることによって間接的にオンラインVODの世界に進出しています。アメリカでは、映画スタジオやマイクロソフトなどの出資を受けたIntertainerというベンチャーが2001年に映画のオンライン配信をはじめ、その後MovielinkやCinemaNowなどの会社が相次いで参入しました。こうして、海賊盤だけでなく「正当な」コンテンツもインターネット上に配信されるようになったのです。

それが自社のウェブサイトであれ、他社が築いたプラットフォーム(iTunesAmazon.comなど)上であれ、インターネット上で合法的なコンテンツのオン・デマンド配信が始まったことは大きな意味を持ちます。テレビ局や映画会社にとって、それはコンテンツを時間やメディアの縛りから解放しつつ収益を確保する手段となります。海賊行為によってコンテンツが視聴されるのとは違い、ペイ・パー・ビューのように有料で配信したり、広告をコンテンツに埋め込んで早送りできないようにした無料配信を行ったりすることによって、ビデオ・オン・デマンド(VOD)は新たな収入源となります。ウィンドウ戦略では必須だった時間、メディア、そして空間のコントロールをメディア企業が失いつつある中で、いかにしてコンテンツの配信から収入を得つづけていくのかという課題に対するひとつの答えが、自らオンラインVODに参入することだったと言えます。

このように、オンラインVODはコンテンツ・ホルダーが自ら伝統的なウィンドウ戦略を打ち破ろうとする取り組みだと捉えることができます。インターネット上で自らが主導してVODを提供することは、いくつか利点があります。まず、ケーブルテレビが提供するVODとの違いを考えると、インターネットは地理的な制約を受けることがないという点が強みになるでしょう。アメリカのケーブルテレビ業界は寡占が進みつつあるとは言え、それなりの規模を持ったケーブル・オペレーターが5社はあり、オン・デマンドのサービス内容も同一ではありません。また、現在、ケーブルテレビの世帯普及率は58%で、衛星放送などとの競争激化で漸減傾向にあります。これに対し、ブロードバンドの普及率は年々増えていて、2007年時点で55%と推定されています。ブロードバンドの普及率がケーブルのそれを越えるのは時間の問題です。ブロードバンドが普及するにしたがって、ウェブ上のVODはケーブルのVODよりもユニバーサルで一元的なサービスが可能になるでしょう(ただ、ケーブル・オペレーターはブロードバンド接続の有力な提供者でもあるので、ウェブ上のVODのコンテンツをユーザーに送り届ける上で大きな役割を果たしています。よって、「オンラインVOD対ケーブルVOD」という単純な図式で考えることはできません)。また、自営のオンラインVODと他社のプラットフォーム(ケーブルテレビでもiTunesでも)の違いと言えば、ユーザーを自分のVODサイトに呼び込むことさえできれば、余計な手数料を払わずに収入を自分たちの懐に入れることができるのが魅力になります(NBCは、HuluというFOXとの共同オンラインVODを始めるにあたって、iTunesへのコンテンツ提供を取りやめました)。

ただし、オンラインVODは万能とはいえません。視聴者の数や得られる収入を考えると、今の時点では伝統的な配信モデル−映画で言えば劇場公開やDVD販売、テレビで言えばプライムタイムでの放送から得られる広告料−の方がVODからの収入よりも圧倒的に大きく、その優位が近い将来に揺らぐことはまずありません。だとすると、映画会社やテレビ局は、ビジネスモデルを完全にオンラインVODにシフトしてしまうことはできません。莫大な収入をもたらす伝統的なビジネスモデル(=ウィンドウ戦略に基づいたコンテンツ配信)をなるべく長持ちさせ、それをあまり傷つけない程度に新技術を取り入れながら慎重にオンラインVODを立ち上げていくこと、そして両者から得られる収入の合計が最大になるポイントはどこかを考えながらコンテンツの配信のバランスを取っていくこと。これが彼らの最大の目標となります。コンテンツのオンライン配信が、時に既存の大メディアによって妨害されているように見受けられる理由は、ここにあります。彼らは、あまりオンライン配信がビジネスとして成熟する前に普及しすぎては困るのです。

このブログでは、こうした新旧のコンテンツ配信モデルがもたらす衝突や問題点に注目しつつ、ベンチャー企業や旧来の大メディアがどのようにインターネット上でのコンテンツ配信を自分たちのビジネスに取り込もうとしているのかを考えて行きたいなと思っています。