インターネットが配信ビジネスに与える影響 -1

インターネット、特にブロードバンドの普及は、テレビや映画業界の既存のコンテンツ配信モデルを大きく揺るがしています。それは、インターネットを利用したpiracy(海賊行為)の増加という外部的な要因に引き起こされている面もあり、また「正当な」オンラインVODの開始という映画会社やテレビ局自体の取り組みがもたらしているものでもあります。具体的にインターネットがどのような影響を与えているのかを考えてみたいと思います。

映画やテレビ番組のビジネスの根幹は、いかにしてひとつひとつの作品から最大限の収益を上げるかということです。そして、それを実現するために発展してきたのがコンテンツのリリース時期をスタジオやテレビ局(ネットワーク)がコントロールする「ウィンドウ戦略」です。映画では、劇場で封切りされた作品は数ヵ月後にDVDとしてリリースされ、ケーブルテレビなどでペイ・パー・ビューでの放送が始まります。そして、Subscription方式の有料チャンネル(HBOなど)での放送を経てようやく地上波のフリーチャンネルにやってくるというのが一般的な流れです。アメリカではここまで来るのに数年から、ものによっては10年近くかかることもあると言います。また、映画の封切りやDVD化、テレビでの放映スケジュールが国ごとに異なることも珍しくありません。一方、ネットワーク(ABC,CBS,NBC,FOX)のプライムタイムで放送されるようなドラマ、コメディなどのテレビ番組も、シーズンの放送が終了した後にDVD化、ヒットした場合は1〜2年後に海外での放送開始、4〜5年シリーズが続くと今度はシンジケーション市場(ネットワークが自営する局や加盟局を通じて放送する番組とは別のルートで番組の売買を行う市場)に流れて地方のローカル局で放送される、というパターンが出来上がっています。このように、ウィンドウ戦略を上手く機能させるためには時間(リリースをする時期)のコントロールをメディア(どの媒体にリリースするのか)、空間(どの地域にリリースするのか)のコントロールと組み合わせながら行っていくことが必須となります。

しかし、ブロードバンドが普及してインターネット上で簡単に動画のやり取りができるようになるにつれて、これらをメディア企業の側が厳密にコントロールすることが極めて難しくなってきました。大きな理由のひとつが、インターネットを利用したpiracy(海賊行為)の増加です。デジタル化されたデータは簡単にコピーやシェアができるため、ハリウッドの新作映画は上映開始から数日のうちに海賊版がウェブ上に流れ出すと言われています(映画館にこっそりビデオカメラを持ち込んで撮影する方法が一番多いそうです)。また、DVDが発売されるとすぐに、そのコピーガードを外して不法コピーをした海賊版がアップロードされます。Youtubeに投稿されるコンテンツの著作権侵害とそれに対するコンテンツ・ホルダーからの訴訟が日本でもアメリカでも大きく取り上げられていますが、Tudou.comやYouku.comといった中国をベースにした画像投稿サイトでは、著作権法に則った運営を行おうとしているYoutubeとは比べ物にならないほど露骨な不法コンテンツが数多く投稿されています。ハリウッドで製作された映画やテレビ、日本のアニメ、そして韓国や中国、香港のテレビドラマなど、不法にアップロードされた数々のコンテンツが無料で視聴できるようになっているのです。インターネットを活用することで、海賊行為はウィンドウ戦略による制約を時間的にも、空間的にもたやすくすり抜けることができるようになりました。

テレビ局や映画会社にとって困るのは、こうした海賊行為を通じて配信されたコンテンツは彼らに何の収入ももたらさないということです。いくら違法ストリーミングの動画サイトで人気が出たとしても、そのコンテンツのライセンス料が入るわけでもありませんしコマーシャル収入に結びつくこともありません。MPA(Motion Picture Association; MPAAの海外担当部門)の試算によると、アメリカの大手映画スタジオが2005年に全世界の海賊行為によって被った被害は61億ドルに上り、そのうち23億ドルはインターネット上の海賊行為によるものだとされています。映画産業の利益を代表する業界団体が主張する数値をそのまま鵜呑みにしていいのかという議論はあるところですが、いずれにしてもインターネットを利用した海賊行為はアメリカのエンターテインメント産業のビジネスに深刻な打撃を与えるほどの規模になっていると言えるでしょう。