ネット上での「学び」について

ビル・ゲイツがカリフォルニアのTechonomyという会議で語った「ここ5年以内に、最高の教育リソースは無料でウェブ上に現れてくることになるでしょう」という言葉がちょっとした話題になっているようです。ゲイツの発言の要旨はTechCrunch Japanの記事(こちら)で見ることができますが、そこでは、高等教育についてゲイツが「MITから与えられた学位であれ、ウェブから学んだものであれ、いずれも正統な評価を与えられるべきという考え」を持っていると述べられています。

このゲイツの発言と関連して、ネットが学び、特に高等教育に与える影響を考えさせられる記事を最近立て続けに読みました。そこから思いついたことを書いてみます。

まずは、講談社のサイト「現代ビジネス」に書かれた『世界初、学費無料のオンライン大学、ユニバーシティー・オブ・ザ・ピープルの試み』という記事です(こちら)。ここでは、正にゲイツの言葉を引きながら、ネット上での教育の新たな試みとしてUniversity of the People (UoP)のことが紹介されています。

このブログでも、もう1年半近く前になりますがUoPのことを取り上げました(こちら)。「現代ビジネス」の記事では、実際に大学が開校した後の様子が記されています。例えば約100ヵ国から延べ約500人の学生が入学していて年齢も幅広い*1といったことに加えて、授業料が無料とはいえ先進国からの生徒は単位を取るための試験にお金がかかるため卒業までに計4000ドル程度の出費が見込まれること、またアメリカで一般に「きちんとした大学」として認定されるためのAccreditionはまだ取得できていないことなどの課題についても触れられています。

UoPのこれまでの道のりが順調なものなのかどうかは、一概にはわかりません*2。でも、大学のウェブサイト(こちら)などは以前僕がエントリを書いた時よりも格段に内容が充実していることが窺え、個人的には着実に基盤を築きつつあるのではないかという印象を受けます。そして、UoPがサイトに掲載している以下のような「学生からの声」を読むと、確かにビル・ゲイツの発言と共鳴する部分を感じます。

University of the Peopleが、自分の母国(インドネシア)と世界中の教育を民主化してくれることを強く期待しています。インドネシアでは、強欲な人々が教育を利益を得るための機関にしてしまっています。(中略)でも彼らは、グローバルな競争相手がコンピュータを通して私たちの家にやって来ていることを知るべきです。(インドネシアの学生)

「第一世代」の学生の一人として、協働的な環境で学びたいという思いを持つすべての人にUoPを強く薦めたい。(スペインの学生)


そしてもう一つ、ネット上の学びについて気になった記事が、このブログでもたびたび取り上げている(関連エントリなど)TEDをテーマに、最近FAST COMPANY誌のサイトに掲載された"How TED Connects the Idea-Hungry Elite "という記事です(こちら)。

TEDは教育機関ではありませんが、この記事は、TEDの果たし得る教育的な役割に着目して以下のように述べています*3

偉大なアイデアとそこから生み出される人のつながり、これがTEDをユニークな現象にしている。(中略)「徹底的なオープンさ」と「アイデアが持つ、世界を変える力」を組み合わせることで、TEDは全く新しい何かを作り出そうとしている。それは新しいハーバード、つまりこの1世紀以上の中で初の、新しいトップクラスの教育ブランドなのではないかとさえ私は思っている。

もし、今の時代にトップレベルの大学を創設するのであれば、それはどのようなものになるだろう?すべての分野で、世界中から最高の頭脳を集めることから始めることになるだろう。(中略)物理的なインフラよりも技術面でのインフラに力を入れることで、持続的な経済モデルを作り上げるだろう。そして大学の持つリソースに人々がいつでも、どこからでもアクセスできるような強固なネットワークを構築し、学生たちに講堂以外の場所でも協働できるようなツールを与えるだろう。(中略)それら全てをやると、つまりはTEDのようなものになる。

このように、FAST COMPANYの記事では、TEDを「新たなハーバード」になぞらえてネット上での学びの新しいモデルと位置づけているのです。この記事の中にはビル・ゲイツの上記発言への言及などは一切見られませんが、述べられている内容はゲイツの言ったこととほとんど同一のベクトルを持っているように感じられます。

University of the PeopleとTEDの試みに共通しているのは、ネットを通して良質な高等教育、あるいは第一級の「学び」に対するアクセスの障壁を取り去ろうとしていることです。講義の質や授業料、時間、場所、国境、言葉、そしてともに学ぶ仲間たちといったことに対する障壁です。UoPやTEDが単独でこれら全てを満たしていると言うつもりはありませんが、これらのうちの多くを意図的にオープンにして自らの強みとしているという点は、両者に共通して見られる特徴です。

何よりもまず、基本的に無料で世界のどこからでも利用できる教育や学びのコンテンツを提供するというUoPやTEDの精神は、学生からそれなり以上の授業料を取って経営を成り立たせるという世界の大多数の大学とは根本的に考え方が違います。また、個別の取り組みとしてTEDはボランティアによる「オープン翻訳プロジェクト」(関連エントリ)で言葉の壁を越え、世界各地の有志がTED形式の独自イベント・「TEDx」を開けるようにすることで双方向性や参加者間のリアルなつながりを実現できるようにしていますし、UoPは、Open CourseWareという仕組みに賛同してネット上で無料公開された大学の講義を用い、学生同士のアイデア交換や議論、話し合いなどを通じて学習を進めていくという方法を取っています。

ここから読み取れる第二の特徴は、UoPにしろTEDにしろ、教育や学びにおける価値という側面から考えた時には、単独というよりもむしろ他の教育サービスと組み合わせられることで一層の効果を発揮するということです。他の教育機関が公開した講義を利用して授業を行うというUoPのアプローチは正に外部リソースとの連携ですし、前述のFAST COMPANYの記事で最近はTEDの講演が大学の講義やオリエンテーションなどで使われることもあると紹介されているように、TEDもひとつの利用方法として正規の教育機関にも取り入れられつつあるのです。

こうしたことを踏まえた上で、冒頭に挙げたビル・ゲイツの「ここ5年以内に、最高の教育リソースは無料でウェブ上に現れてくることになるでしょう」という言葉や「MITから与えられた学位であれ、ウェブから学んだものであれ、いずれも正統な評価を与えられるべきという考え」を再び眺めてみると、いくつかのことが見えてきます。

まず、TEDの例に見られるように、「最高の教育リソース」はある形を取って既に無料でウェブ上に現れてきているのではないかということ。そして、TEDの講演を取り入れた大学や、ネット上でオープン化された教育リソースを利用して講義を行うUoPなどは、ウェブから学んだことを正規の学位に結びつける試みと言えるのではないかということです。ゲイツが思い描いているような教育の形は、恐らく単一の組織によって提供されるものではありません。リソースとなる教育コンテンツを提供する団体やそれを正規の教育カリキュラムと組み合わせる機関、またそのコンテンツを元に参加者間の話し合いなどを発生させてより深い学びにつなげる場を提供する組織などが、相互につながることによって実現されていくものなのではないかという気がします。そしてそのような形での高等教育や学びを支えるのは、必ずしもネットかリアルかという二項対立の図式で考えられるものではなく、それぞれの強みを組み合わせたネットワーク型の教育サービスになるのではないかと思います。

*1:学生は18歳から72歳までいて平均32歳とのこと

*2:例えば、現代ビジネス」の記事には「大学経営を持続可能にするには合計で1万人〜1万5千人の生徒を受け入れる必要があるとされています。」とありました。500人というUoPの現在の学生数は、思ったほど学生が集まらなかったのかもしれませんし、人員やリソース、ネットワーク設備などの都合で当初はこれぐらいしか受け入れられなかった、ということになったのかもしれません。

*3:TEDの最初期から現在に至るまでの道のりとビジョンを上手にまとめた非常に面白い記事なので、興味のある方は是非全文を読んでみて下さい。