ネット上での「学び」について-2

前回に続いて、ネット上での学び・高等教育について考えてみることにしました。University of the PeopleやTEDのような"新興勢力"だけでなく、昔からある伝統的な教育機関の中にも、ネットを利用しながら公共性の高い学びのプログラムを提供しているところがあるなと思い至ったからです。

その筆頭として挙げられる組織のひとつが、イギリスのOpen Universityです。ここは1969年に設立された遠隔地教育(Distance Learning)機関の草分けで、生涯学習的な学びもあれば、学士号、修士号の取得につながるコースもあるという「大学」です。特に、単科での受講はもちろん、学士レベルでは入学要件がほとんどなく希望者を幅広く受け入れる点や、イギリスに本拠を置きつつも他国からの学生でも受講できるといった点で「オープン」なのです。ウェブサイトにはこのようなミッション・ステートメントが載っています。

Open Universityの使命は、様々な人々や場所、方法、アイデアに対して門戸を開いていることである。

この大学は授業料に加えて国からの助成金などで運営されています。1講義あたりの受講料が110ポンドから。柔軟性の高いプログラムなので人によってかかるコストは大分と変わるかもしれませんが、学士号取得までのモデル費用が約5000ポンド、修士レベルだと人文系の3000〜6000ポンドからMBAの10000〜15000ポンドといった金額が目安としてウェブサイトに載っています(こちら)。イギリスのフルタイムの修士課程は1年間で修了するところが多いのですが、そうしたところと比べて半額かそれ以下の学費です。

また、最近のOpen Universiyの特徴として挙げられるのが、ネット上での学習環境がとても整備されていることです。以前はテキスト教材にテレビやラジオで放送される授業を組み合わせて講義を行っていましたが、例えばある講義の概要を紹介するページ(こちら)などをご覧いただくとわかるように、最近ではオンラインに非常に力を入れているのです。

特に注目に値するのが、2006年に始まったOpen Learnというプロジェクト(こちら)です。これは、Open Universityが作成してきた大学レベルの講義の一部をウェブ上で無料公開するというものです。学位に結びつくものではありませんが、教育、歴史、芸術、ビジネス、環境、技術、科学などの分野で数分程度の動画が提供されているほか、無料のユーザー登録をすると、Learning Spaceというコーナーに入って想定学習時間が5〜15時間程度のより系統だった「学習ユニット」を受講することができます。

「学習ユニット」は主にテキストや写真・図版で構成されています。さっと読み進めば時間はかなり短縮できそうな半面、動画も音もなく一人で画面に向き合わなければならないので単調な印象も受けました。ただ、Learning Spaceでは「学習ユニット」と合わせて分野ごとの「フォーラム」(掲示板)コーナーが設けられており、ここで学び手が講義に関する質問をしたり感想を述べ合ったりという交流を図ることができるようになっています。また、同じユニットを学んでいる人同士が自発的に「学習クラブ」を組織することもできるようになっていたり、自分のアカウントページに学習記録が残っていくようになっていたりしていて、こうした面からも受講生のやる気を継続させる工夫が施されています。

Open Learnは、無料の学習コンテンツを提供する一方で、興味を持った人にはOpen Universityの正規の講義も受講してもらいたいという狙いで運営されているように見受けられます。でも、無料部分を利用するだけだとしても一級品の学びのリソースです。ヒューレット財団からの経済的支援を受けて始まったプロジェクトだそうですが、大学がこうした形で学びを支援することにはとても大きな意義があると思います。2006年から2008年の間のOpen Learnの取り組みをまとめたリポートが発行されているので、興味のある方はそちらもご覧になってみて下さい。

Open Learn Research Report 2006-2008 (PDF)

ところで、日本にも、Open Universityに該当する高等教育機関があります。放送大学です(こちら)。英語ではThe Open University of Japan。以前はThe University of the Airという英名を使っていましたが、2007年にOpen Universityという名称を取り入れました。入学時に学力試験を行わない点や、遠隔地教育をベースにしながら1科目のみの受講から学士号、修士号の取得につながるコースまで提供している点など、イギリスのOpen Universityと似ている点が多くあります。

ただ、ネットを使った学習環境の整備という点ではまだまだこれからのようです。「授業のインターネット配信のお知らせ」といったこともウェブサイト上で案内されてはいますが(こちら)、「学び方」のページには、「放送大学には、テレビ・ラジオで学ぶ放送授業の科目と、学習センターなどの教室で直接教員から授業を受ける面接授業(スクーリング)の科目があります。」とあるように、現在でもあくまで放送をベースにしています。また、Open Learnのような、講義動画とは別の形でのネットを利用した学習支援コンテンツも、自分が見た限りではなさそうでした。

自分の関心とペースに合わせて高等教育レベルの学習を進めていける放送大学のような教育機関は大きな役割を持つものだと思います。と同時に、だからこそネットをもっともっと活用してほしいとも感じます。テレビの目立たないチャンネルで、しかもケーブルやCS経由でないと画像が鮮明でないこともある受信環境で*1番組の編成時間に縛られた講義を流すだけでなく、ネット上でも講義をオンデマンド配信することが、「自分らしく自由に学ぶことができます」(こちら)という放送大学の学びのコンセプトにより合致するのではないでしょうか。

また、iTunes Uでの配信を積極的に活用するというのもひとつの手でしょう。東京大学や慶応大学などがiTunes Uで一部講義や学校紹介などの動画を配信し始めたという話が最近なりましたが(Asciiの記事などを参照)、ものによっては、大教室で行われる90分とか120分の授業をそのまま配信するよりも、予めテレビ向けに45分程度のサイズで作られていて、生徒役のアシスタントがいることもある放送大学の講義を配信した方がわかりやすい・利用しやすいということも十分にあるはずです。

イギリスのOpen Universityによる取り組みは、従来型の教育機関でもしがらみや伝統にとらわれずネットを上手く活用することは可能であるということを示しています。日本からでも利用できるそうした場があることをありがたく感じる一方で、日本の教育機関にも、ネットの強みを生かした学びの機会をどんどん作り出して行ってほしいと思います。

*1:これがどれほど一般性を持つのかわかりませんが、自分の場合は今まで引っ越した中で2回ほどそういう状況がありました。