TEDのオープンTVプロジェクト

昨年このブログでTEDのことを書いてから(こちら)、間もなく1年になります。元々好きだったTEDがユーザーによる有志のボランティア字幕翻訳を始めるということで、これは面白いと思って書いたエントリでしたが、その後オープン翻訳プロジェクトは大きく成長し、今日(2010/5/6)現在で総計6906本のTEDトークが75の言語に翻訳されています(TEDのサイトより)*1。登録しているボランティア翻訳者の数は2665人。プロではない人たちの参加も多いのではないかと思いますが、この1年足らずの取り組みでTEDは世界有数の「翻訳者集団」を作り上げたと言えるのではないでしょうか。本当に面白い試みだと思います。

そしてこれに続く取り組みとして、つい先日「TEDオープンTVプロジェクト」が発表されました。詳しい内容はTEDサイトのこちらのページに書いてありますが、これは希望する世界の放送局にTEDトークを無料で提供し、テレビで放送してもらおうというものです。説明の冒頭を引用します。

2010年5月に始まったTEDオープンTVプロジェクトは、世界中の放送局が、基本原則(編集や中断をせず、講演中に広告を入れないこと)を守るという条件のもとでTEDトークを無料で放送できるようにするものです。ライセンスを受けた放送局はTEDトークを放送する許可を得るだけでなく、例えば自国の司会者を起用してTEDトークの紹介やまとめを行うというような、TEDトークを核とした番組を作ることもできます。正にオープンソースなテレビです。

随分と思い切ったことをするな、というのがこの発表を見た時の最初の感想でした。個人によるプレゼンテーションがメインだとはいえ、中には映画の場面を使ったりするトークもありましたし、それらを世界中の放送局に無料提供するとなると権利クリアはどうやって進めるんだろう、なんてことも頭に浮かびました。でも、よくよく考えると、これもいかにもTEDらしいプロジェクトなんだなと感じるようになりました。

TEDは、「アイデアを広めること (Spreading ideas)」をミッションに掲げています。そのために以前から地理的なアクセス制限を設けず、ネット上でどこからでもTEDトークが見られるようにしていました。また、講演のほとんどが英語で行われていることから、言葉の壁を取り除くためにユーザー参加型のオープン翻訳プロジェクトを立ち上げました。その流れで行くと、ネットというメディアの壁を超えるために始められたのがオープンTVプロジェクトだと考えることができます。

事実、上記のページには、こんなことが書かれています。

世界中の何十もの放送局が参加しているパイロット版のプロジェクトは、特にインターネットがあまり普及しておらず、回線の遅さがオンラインでの動画視聴を非現実的なものにしている途上国において、アイデアを広めるというTEDの能力を押し広げることでしょう*2

つまり、「自らのミッションを追求するためには、国境だとか言語だとかネットだとかにこだわる必要はなく、その場その場にふさわしい言語と方法で講演を人々に届けることが一番有効だ」ということを、TEDを運営する人々はよく理解しているということなんだと思います。

ビジネス面での制約や自己規制、業界のしがらみ、テレビvsネットといった二項対立的な思考などに囚われなければ、言葉や国境やメディアの壁を超えてコンテンツを広く人々に届けることは可能なのだということを、TEDのオープン翻訳プロジェクトやオープンTVプロジェクトは見事に示しています。そしてこれは、グローバル化が進みメディアが融合していく時代における、コンテンツ配信のひとつの理想形と言えるのではないか、とも感じます。他の組織が同じことをするのは決してたやすいことではないでしょう。でもこうした実例を自分の目で見ることができると、今後少しずつでもこんな取り組みが増えていくかもしれないと、何だか勇気をもらったような気分になります。

*1:ひとつのトークが3つの言語に翻訳されると「3本」とカウントされます。

*2:TEDのサイトによると、アメリカのPBS系列局やスウェーデンデンマークの放送局などに加え、コロンビアやケニアタンザニアルワンダパキスタンなどの放送局が既に参加を表明しているとのことです