伝統的なテレビのビジネスは立ち行かなくなるのか?

少し前のSilicon Alley Insiderに、「Sorry, There's No Way To Save The TV Business」と題された非常に刺激的な記事が載りました(こちら)。そこでは、地上波ネットワーク局やケーブルテレビに支配された伝統的なテレビのビジネスモデルは動画のネット配信が普及するにつれて立ち行かなくなるという議論が力強く展開されています。全てを翻訳するわけにはいかないのでここではその要旨だけを紹介しますが、賛否はあるにしても是非全文を読んでいただきたい記事です。

この記事では、テレビ業界が抱える問題を次のようにまとめています。

プリント・メディアの時と同じように、ネット配信は今日のケーブルや地上波、衛星テレビと比べてほんのわずかな収入や利益しか生み出さない。だから、ネット配信が勢いを増すにつれて、テレビ業界の多くの既存プレイヤーたちは現在のコスト構造を支えることができなくなる。

そして、電波やケーブルが動画コンテンツを配信・視聴するほぼ唯一の経路で広告主にとっても視聴者にとっても絶対的な存在であった以前とは異なり、今はネットや通信会社によるIPTVなどでもテレビ番組を視聴できるし、ビデオゲームフェイスブックなど家で楽しみコミュニケーションを取るための方法が多様化してきているので、地上波ネットワークやケーブルテレビのような既存プレイヤーの存在感は必然的に低くなると筆者のHenry Blodgetは続けていきます。

彼は、市場原理に基づいて視聴者に提供する番組を制限しながらネット配信に対応していこうとする現在のテレビ局の取り組みを「馬鹿馬鹿しくてユーザーのことを考えないものばかりだ(so many ridiculous, customer-unfriendly solutions)」と批判的に見ています。例えば、多くの人気コンテンツが契約上の問題でライブ・ストリーミングされなかったり、ネット上で簡単に視聴できる番組ライブラリーがまだまだ未整備であったり、ダウンロードしても24時間後には見られなくなってしまったりするような現状をそう呼んでいるのです。そして、こうした制約の多くが、ネット配信がさらに普及していく中で取り払われていくことになるだろうと予測しています。

興味深いのは、Blodgetがそうしてネット配信されるようになるコンテンツの多くは無料ではないだろうと見ていることです。

これらのコンテンツの多くは、無料ではないだろうし、そうなるべきでもない。でも、絶対に見ないような何十というチャンネルのためにケーブルテレビにお金を払う必要はなくなるだろう。限られた数の、お気に入りチャンネルだけを得ればよいのだ。複数の異なるコンテンツ・アグリゲーターの会社と契約をする必要は出てくるかもしれない(それはマイナス点だ)。でも、望みもしないものにお金を払うよりはずっといいはずだ。それに、どんなコンテンツであれ、望んでお金をはらうコンテンツの費用は今払っているお金よりもずっと安くなるはずだ。

要するに、多くのチャンネルをひとつのパッケージにして高いお金を取る今のケーブルテレビの仕組み(バンドリング)*1が、ネット上では有料だとしても好きなチャンネル(もしくはコンテンツ)だけを個別に契約して視聴する仕組み(アンバンドリング)に置き換わり、その分総額で支払うお金は減るだろう、という議論です。そしてBlodgetは、ケーブルテレビや電話会社などは将来的には「ただのパイプ(dumb pipe)」*2になり、ネットワークTVは生放送のニュースやスポーツなどが大きな資産となり、どこになるかはわからないけれど少数のネット上のコンテンツ・アグリゲーターが動画コンテンツのポータルサイトとして存在感を増すことになるだろうとして記事を締めくくっています。

とても良くまとまっている記事だと思いますし、説得力もあります。ただ、現在は契約上の問題でさまざまな制約がかかっているネット上の動画配信が、なぜ今後より自由に、幅広く利用できるようになっていくのかという点に関しては議論が不十分な気がします。そのことについてBlodgetは「こうしたバンドエイドを貼るような解決策はいずれ失敗するだろう。なぜならば、最終的にはケーブル・衛星・電波によるローカル市場でのテレビ番組の独占は、シンプルでグローバルなネット配信によって打ち破られるからだ。」としか説明していません。

技術的にはIPを使った配信の方が安価でリーズナブルだとしても、既存市場から得られる利益の方がずっと多いために、ネット配信に取り組みつつも旧来のフィールドをできる限り温存していこうというのが現在の各テレビ局の戦略です。だからこそネット配信に関しては様々な制約がかかり、そこで既存メディアとYoutubeやHulu、Boxeeのようなネット配信企業、さらにはユーザーを巻き込んだ綱引きが行われているのです。コンテンツ提供者であるケーブル・ネットワークなどからの圧力を受けてHuluがBoxeeからのアクセスを遮断したり提供する一部番組のエピソード数を減らしたりといったことを行っているのを見ると、「著作権の保持者」である旧来のプレイヤーたちは今でも極めて強い力を持っていることがわかります。また、主流メディアの巨大化・寡占化が進んでいるアメリカでは、ひとつのコングロマリットがプロダクション、ケーブルテレビ、ネットワークTVなど様々な顔を持つステーク・ホルダーになることが珍しくありません。傘下の企業が全て1枚岩ということはありませんが、Blodgetの言うほど制作会社、ケーブル、ネットワークTVなどがきれいに仕分けできるとは限らないのです。こうしたことを考えると、「シンプルでグローバルなネット配信」が技術的に可能になり、ユーザーがそれを支持しているからというだけで旧来勢力によるテレビ番組の独占が打ち破られるというのは、やや短絡的に見えます。

とはいえ、Blodgetの議論に賛同できる点が多くあるのも確かです。今の地上波やケーブル、衛星テレビのビジネスが今後立ち行かなくなるとまでは僕は考えていませんが、その存在感が徐々に低下し、変わってネット配信(PCやテレビ、携帯など送り先は様々です)がより一般的になっていくのは確かだろうと感じています*3。また、その中で、よりユーザーの使い心地が良い方向にサービスが展開していってくれればよいなとも思っています。そういう意味で、有料のネット配信でも、それがユーザーのメディア利用環境や料金を今よりも良いものにするのであれば受け入れられるはずだという意見にはなるほどと思わせられるところがありました。

*1:もちろん、個々のチャンネルの契約料を積み上げたものよりはずっと安い金額になっていますが。

*2:コンテンツをやり取りする回線を提供するだけの役割しか持たず、独自の戦略やサービスで主体的にコンテンツビジネスに携わるということのできないプレイヤーのことをこう呼びます。

*3:どれぐらいの速さでこの変化が進んでいくのかはわかりませんが。