ネット上に無料の大学が

University of the People (UoP)という大学をご存知でしょうか。一見、共産圏の大学かと思ってしまいますが、アメリカで開校準備が進められている新しい大学です。日本語に訳すならば、「人民大学」ではなく「人々の大学」といったと名称になるかと思います。

UoPのユニークなところは、オンラインの世界に学費無料*1の高等教育機関を作り上げようとしている点です。創設者はShai Reshefというイスラエルの起業家で、ウェブサイトの紹介文によると、「インターネットの普及と技術の発展に伴う各種コストの低下と、世界的な学費高騰の間に存在する断絶に立ち向かうために」、一定以上の英語力とネットへのアクセスさえあれば世界中どこからでも参加できる非営利の大学を設立しようと思いついたんだそうです。ネット上ではさまざまな情報やサービスの値段が劇的に低下していることはよく知られていますが、梅田望夫さんが呼ぶところの「チープ革命」を大学教育という分野にまで持ち込もうとする取り組みだと言えるでしょう。

僕はNew York TimesLos Angeles Timesの記事でこの大学のことを知ったのですが、そこでも紹介されているように、UoPは目指す授業形態もとてもユニークです。熱意ある教員や引退した教授、大学院生などの助力を有償・無償で得ながらカリキュラムの作成や試験の審査などを行っていくとはありますが、基本的な学習スタイルは「Peer to peer teaching」、つまり学生同士が議論やアイデア交換などを通じて教え、学び合いなさいというものなのです。そして、上に挙げた2紙の記事からは「面白い試みだけれど、それで認可(Accreditation)は下りるのか、また学習をリードする教員の存在なしにきちんとした成果が出せるのか」といった疑問が投げかけられています。

ちなみにこのAccreditationというのは、簡単に言うときちんとした(一人前の)大学かどうかを判断する制度です。アメリカではこれがなくても大学を名乗ることはできますが、Accreditationを通ることによって初めて社会的に大学として認知されます。つまり、Accreditationを受けていない大学から学位をもらってもあまり価値がないのです。そして、UoPは設立前の現時点ではAccreditationを受けていないので、これから取得に向けて動いていくことになります。それがどれほど難しいことなのかはよくわかりませんが、その結果がこの斬新なコンセプトを持つ大学のステータスに大きな影響を与えるのは間違いないでしょう。

また、「自習+ともに学ぶ者同士の助け合い」だけでどれほどの人が大学教育のカリキュラムを進めていくことができるのかという疑問はもっともでしょう。地理的な制約を越えて人々をつないでいくネットは極めて大きな潜在力を持っていますが、たとえばWilipediaの創設者であるJimmy Walesが行っているWikibooks(Wikipediaと同じ方式でユーザー編集型の教育テキストをネット上に作っていこうというプロジェクト)があまり目立った成果を上げていないところなどをみると、善意の交換だけで趣味以上のレベルのものを作り出していくのはかなりハードルが高いのではないかという気がします。

個人的には、参加者同士の活発で生産的な意見交換はかなりの学習効果を生む一方で、その「活発で生産的な意見交換」を担保するためにはファシリテーター約の存在が必須だろうと感じています。ファシリテーターになるのは必ずしも大学教授などでなくてもよいでしょうが、議論がうまく発展しなかった場合や収拾がつかなくなった時、また変な方向に進みだした時などに呼び水を与えたり軌道修正したりする人がいるのといないのとでは、展開が大きく異なるでしょう。その意味で、UoPの教育理念はやや参加者任せに過ぎるのではないかと思います。

でも、UoPを単体ではなく「ネット上にある他の学習リソースと補完し合いながらオンラインの高等教育を形作っていくもの」として見ると、この大学は大きな可能性を秘めています。UoPが持つPeer to peerのインタラクティブ性を重視するという姿勢は、MITのOpencoursewareiTunes Uなどが持つ「一方通行性」という弱点を補ってくれるからです。

MITが講義をネットに公開するだとか、iTunes上で大学の講義が聴けるようになるといった発表は大きな反響を呼びましたが、実際にこれらを使ってみて僕は有難さと同時に物足りなさを感じていました。大学の講義は、その場で受けるから臨場感もありますし、また通常は教授の話を聞いた後に質問したり学生と議論を行ったりという双方向のやり取りを重視する時間が確保されています。でも、当然と言えばそれまでですがネット上では話を聞くだけで終わってしまいます。有名教授の話だとしても、パソコンの画面を見ながら1時間とか1時間半ずっと講義を聞いていると退屈にもなりますし、またその講義を聞いた後に感想を伝えあったりする場がないとどうも消化不良で終わってしまうのです*2。講義の内容は貴重なものだとしても、その見せ方や使い方がユーザー目線でないのであまり魅力的なコンテンツになっていないというのがOpencoursewareiTunes Uに対する僕の感想だったのです。でも、たとえばこうしたコンテンツをUoPが教材として使用し、それをもとに学生同士(+ファシリテーター)で意見交換を行うことができれば(実際にそういうことも計画しているようです)、ひとりでネット視聴するよりもこれらの講義をずっと効果的に活用することができるでしょう。

このように、すべてを「自前主義」あるいは「学生任せ」とするのではなく、すでにネット上にある無料の教育系コンテンツを上手く利用しながら学生同士のコミュニケーションを活性化すると言う方向にUoPが進むのであれば、面白い存在になるかもしれません。当面提供する過程は学士レベルのBusiness ManagementとComputer Scienceで、秋からは自前うコースへの申し込みは4月から始まるそうです。出願してみてもいいかな、と思っています。

*1:入学金や試験代などで数十〜100ドル程度は必要になるようですが。

*2:逆に、後で発言や質問しなければならないから講義をきちんと聞くということも言えます。