「U2 3D」に見る3D映画の可能性

遅まきながら、日本でもこの週末からようやく映画「U2 3D」の上映が始まりました。この映画は、その名の通りロックバンドU2のライヴを3Dで映画化したものです。私見ですが、作りの丁寧さや3D映像の効果的な使い方といった点で、今の3D映画の最高峰をゆく作品だと思っています。

僕がこの映画を初めて見たのは、ちょうど1年ほど前、アメリカにいた時のことです。Real Dという、映画館で3D映画を流すための立体映像技術を開発する会社の人の話を聞く機会があり、そこで「U2 3D」を含む幾本かの3D映画の試写をしてもらったのです。そして、「ベオウルフ」や「センター・オブ・ジ・アース」*1、3D化された「ポーラー・エキスプレス」などの大作が並ぶ中でひと際強い印象を受けたのが「U2 3D」でした。それまでは、3D映画というのはアニメやアクション映画のためのものだろうと思っていたので自分でも全く予想外だったのですが、「U2 3D」の映像が生み出す臨場感は他の映画を圧倒していたのです。

後でその理由を考えてみたのですが、いくつか思い当たることがありました。まず、3D映像に対するアプローチが斬新だったこと。従来、3D映像というのは「動き」をいかにして立体的に見せるかという点に重点が置かれていました。例えば、サメが襲い掛かってくるシーンだとか隕石が飛んでくるシーンといったように。これとは対照的に、「U2 3D」は"ライヴ会場"や"ステージ上"といった「場所」を立体的に見せることが重視されていたように感じます。演奏するメンバーが背景からくっきりと浮き上がって見えたり、あるいは手を突きあげて声援を送る観客たちが間近にいるように感じられたりすることにより、あたかも自分自身がライヴ会場にいるかのような気分になることができるのです。そして、こうしたアプローチを取った場合、生身の人間の姿を立体的に映し出す「U2 3D」の映像は、アニメやCG、特撮などの"作られた映像"を3D化するよりも遥かにリアルに感じられます。また、見ていて疲れないというのも重要なポイントです。試写された映画の中には酔いそうになるものもありましたが、「U2 3D」の場合は良い意味で見ていて楽でした。ライヴシーンには通常(アクション映画などと比べて)過度に激しい動きがあまりないでしょうから、3D化しても観客の目にあまり負担をかけなくて済むのかもしれません。いずれにしても、この映画を見て、僕は「3D映画の真価はアクションやアニメ映画ではなくてコンサートやスポーツなどにあるのではないか」と考えるようになりました*2

U2 3D」ほどのレベルの3D映画はそうそう出てくるものではないかもしれません。この映画は、観客の目からすると1回のコンサートを撮影した作品のように見えますが、実際はその何百倍という手間がかかっています。そのあたりのことが英語版ウィキペディアの「U2 3D」の項目に詳しく出ています。まず、この映画をつくるために、U2が2006年春に南米で行った7回のライヴと2006年秋のメルボルンでの2回のライヴという計9公演が撮影されています。ある回ではロングショットのみ、別の回にはミディアムショットのみ、そしてさらに別の回では特定のメンバーのみを撮影する、といった形で収録が進んだとのこと。また、それらを映画上でひとつの公演として見せるため、バンドのメンバーは毎回同じ服装で出演したんだそうです。さらに、メンバーのアップの絵を撮るために、観客がいないところで曲を演奏してもらったりもしていると書かれています。このように、「U2 3D」は撮影クルーとバンドメンバー双方の膨大な手間暇と時間、そしてコストをかけて作り上げられた映画なのです。

だから、3D撮影用の機材を有名歌手のライヴ会場に持ち込めさえすれば迫力ある3D映画が出来上がるという訳ではありません。でも、3D対応スクリーンが今後増えて行くにつれ、こうした高品質なライヴ映像などが制作される機会も増えるのではないでしょうか。映画館の映写設備をデジタル化する利点として、運搬コストの削減や画質保持と並んで、上映コンテンツの多様化 - 特にスポーツやコンサート、舞台など - による映画館の収益力アップが挙げられることがよくありますが(例えばウィキペディアの「デジタルシネマ」の項を参照)、どうせならただ普通に撮影した映像を映画館のスクリーンで映し出すだけでなく、「U2 3D」のような臨場感あふれるコンテンツを見てみたいものです。何年後、あるいは何十年後の話になるかわかりませんが、オリンピックの目玉種目やサッカーW杯、あるいはスーパーボウルのようなスポーツイベントが映画館を通してナマで3D配信されるなんていう日が来れば、ぜひ足を運んでみたいものです。

*1:当時はまだ製作中。

*2:観客動員数や興行収入という点ではアクションやアニメの3D大作が中心を占めるでしょうが、3D映画の凄さを実感できるのは生身の人間の活動を映した映像なのではないかという意味です。