ウェブ上でこんな「目利き」のサービスが欲しい

前回のエントリーではオンラインビデオの目利きサイト誕生という話題を取り上げましたが、この「オンラインビデオの目利き」について、前からこんなことができたら良いのになと考えていることがあります。エンターテインメント系のコンテンツではなく、より報道やドキュメンタリーに近い動画コンテンツの目利きと紹介をウェブ上で行うサービスです。

ドラマやコメディに比べてドキュメンタリー系のコンテンツは地味ですし視聴者の数もずっと少ないのは確かです。でも、その中には人をぐっと惹きつける魅力を持つ力作が含まれているのも事実です。そしてそうした作品がネット上で無料公開されている場合もあるのです。

例えば、ベネズエラチャベス政権を襲ったクーデター未遂の一部始終を、たまたまチャベスを取材するために現地を訪れていたアイルランドのクルーが撮影したドキュメンタリー映画の『The Revolution Will Not Be Televised』(2002)。各国の映画祭で10以上の賞を取りましたが、劇場公開されるほど集客が見込める作品ではありません。日本ではBSで放送されたりしましたが、ほとんど話題にも上っていないと思います。僕はアメリカにいた時にこの映画の冒頭部分だけを見る機会があり、それからずっと全編を見てみたいと思っていたのですが、ふとしたきっかけでこの作品がGoogle Videoにアップされていることを知りました(今でもこちらから視聴できます)。投稿者の名前などから察する限り、合法的にアップロードされているものだと思います。国内で反乱が起きてチャベスが連れ去られる。その時、残された閣僚たちはどのように事態打開に動いたのか−。その緊迫の刻々が克明にカメラに記録されたというのは、偶然の要素が大きいとはいえものすごいことです。内容が面白いのはもちろん、映像が持つ力の強さを考える上でも示唆に富む作品です。ベネズエラが舞台なだけにスペイン語が主に使われていますが、英字幕が付いているので、早口の英語で話されているような作品よりも逆にわかりやすいでしょう。

また、今はもう公開取りやめになっているようですが、『The End of Surburbia』(2004)というドキュメンタリー映画の力作も、少なくとも昨年の秋頃まではおそらく製作者によってYoutube上に公開されていました*1。これは「郊外に一軒家を持って、休みの日には燃費の悪い大型車を数十マイル運転してスーパーに買い物に行ったり遊びに出かけたりする」という現代アメリカの典型的な暮らしが今後立ち行かなくなるということをエネルギー資源の観点から鋭く検証した作品で、ちょうどガソリン価格がぐんぐん上昇した2007〜2008年夏にアメリカのLA郊外で暮らしていた自分にとっては非常に興味深いものでした。面白いドキュメンタリーがあるという話を聞き、かといってDVDを購入するのも値が張るし…という時にウェブ上で視聴できることを知りとても嬉しかったことを覚えています。

このほかにも、以前紹介したCBSの報道番組『60 Minutes』で"ハドソン河の奇跡"を成功させた機長のインタビューを紹介したエピソードだとか、環境関連のオンライン動画に特化したコンテンツの収集・配信を行っているGreenTV(オリジナルの英語版サイトはこちら、日本語版はこちら)で流されている一部コンテンツなどは、非常に見応えがありますし、また国境の壁にとらわれずオンライン視聴することができます。このように、ネットの世界には、ドキュメンタリーや報道番組の「宝の山」がいくつもひっそりと佇んでいるのです。

広く劇場公開されるわけでもなくテレビのプライムタイムで幾度も放送されるわけでもないこうしたドキュメンタリー系のコンテンツは、視聴者との接点が非常に限られています。でも、それがネット上でいつでもオンデマンド視聴できるような形で提供され、そして「こんな面白い作品があるよ」ということを教えてくれる目利き役がいれば、より多くの優れた作品を、より多くの視聴者と結びつけることができるのではないかと思うのです。そして、それはお互いにとって価値のあること

目利きとなるのは、ジャーナリストや映像作家、研究者といった各方面のプロでも構いませんし、「どういうコンテンツがどこにある」といったウェブ上の動画事情に詳しい人などでも良いでしょう。そうした人たちがそれぞれの得意分野を活かしてウェブ上で視聴できる「見る価値のあるドキュメンタリー系コンテンツ」を探し出して概要やお薦めコメントとともに紹介する。こんな「場」ができればすごく面白いことになるのではないでしょうか。

理想を言えば、こういうサービスが事業として−IPOを目指すとか年収●億の会社になるという成長志向の事業ではなく、サービスを持続させそこで働く人たちの暮らしを支えることができるだけの収入を確保できるスモール・ビジネスとして−成立すれば良いなと思います。そして、いま既にウェブ上で無料公開されている動画を探し出して紹介するだけでなく、目利きの人々が「見る価値がある」と判断した作品を権利元と交渉して自らネット配信できるような体制があると最高に素晴らしい、とも。例えば、日本でも巡回上映が行われている「バンフ・マウンテン・フィルム・フェスティバル」の入賞作だとか、「山形国際ドキュメンタリー映画祭」や「Japan Wildlife Film Festival」など国内で開催されるドキュメンタリー系映画祭の出品作・受賞作などの中には、トレイラーを見たり作品紹介を読んだりするだけで本編を見てみたくなるようなものが幾つもあります。でも、映画祭に参加でもしない限りはそれらを実際に視聴できる機会はほとんどありません*2。こうした作品の中から権利処理してネット配信できるものがあれば、結構ラインナップも充実させられるのではないかという気がします。そういう作品であれば、海外のものでもちゃんと日本語字幕がついているはずだというところも大きなポイントになります。こんなサービスがあれば、僕はペイ・パー・ビューで1本数百円かかったとしてもそれを利用するでしょう。

ただ、独自の権利獲得や配信を行うとなると、必要とされる経費や作業量が大きく増えてしまいます。まして、力作揃いだとしてもニッチなコンテンツばかりを扱うサービスが、存続していけるほどの収入を上げられるのかと言われると見通しは厳しそうです。だとすると、やはり実現の可能性が比較的高いのは、「他の収入源をきちんと持っている人や組織が、趣味として・あるいは社会事業の一環として、自分が見つけたウェブ上の名作コンテンツを紹介する」というスタイルのサービスでしょう。これならばウェブサイトをひとつ作れば足りるはずです。利用は無料(ただし、提供元のサイトで有料のVODなどとされている場合はもちろん有料)、サイトには広告を貼って運営費の足しにするのも良いでしょう。見つけ出すことのできるコンテンツのほとんどが英語のものになってしまいそうだという懸念はかなりありますが(それに日本語字幕を付けたいと言った瞬間にお金の問題が発生するはずです)、それでも、こんな「場」から自分の知らないいろんな名作に巡り合うことができたら、すごく利用価値の高いサイトになるだろうなと思います。

*1:Youtubeへのリンクを紹介するサイトはこちら。ただしリンクは切れています。

*2:ごく一部の作品はテレビ放送されることもありますが。