緩くて厳しいMusic Rights

コンテンツ配信のことを考えるときに、その位置づけをどのように理解すればよいのかがよくわからない権利がひとつあります。音楽の権利(Music Rights)です。これは配信に関する制約が緩いようでいて、でも時には手ごわい「抵抗勢力」となるのです。そんな不思議な権利のことを見てみたいと思います。

イギリスでもアメリカでも、放送局が行う合法的なコンテンツのネット配信は、テレビ番組について言えばほぼ100%地域によるアクセス制限がかかっています。他の国からアクセスした人は、番組を見ることができないのです*1。ところが、話がラジオになると、このアクセス制限はぐっと緩やかになります。

例えば、先日紹介した南カリフォルニア公共ラジオKPCCのサイトに行くと、放送済みの番組がPodcastで聴けるだけでなく、日本からでもネットを通して今放送されている番組をストリーミングで聴くことができます。商業ラジオ局でも、ロサンゼルスをベースにRockを流しているKROQなどは同様にPodcastに加えて生のストリーミングを楽しむことができます。日本だけアクセス・ブロックを解除しているとは考えにくいので、おそらく世界中で聴けるようになっているのでしょう。

イギリスの例で言えば、BBCのラジオ番組は日本からでも生放送と(一定期間の)過去番組をともに聴くことが出来ます。BBCのウェブサイトによれば、一部のスポーツイベントなどを除く大半のラジオ番組がイギリス国外でも聴けるようになっているそうです。BBCが持つ11のラジオチャンネルの番組は、iPlayerで提供されています(ここ)。iPlayerはテレビ番組をネット配信するサービスだというイメージが強いのですが、これはテレビとラジオを統合したサービスです*2。ラジオ版のiPlayerでも、その黒を基調としたクールなデザインや使いやすさは十分に体感することができますので、興味をお持ちの方はぜひ試してみてください。

このように、トーク・ショーやニュースや音楽番組など、幅広いジャンルの番組がラジオでは国際的にネット配信されています。ここから、ラジオ番組を国際的に流すことは、テレビ番組を国際配信するよりも権利上の制約が少ないと考えることができます。つまり、一般的に音楽の権利をクリアすることは映像の権利をクリアするよりもハードルが低いという仮説が立てられます。

ところが、映画やテレビ番組に使用される音楽は、時としてそのコンテンツの2次使用を妨げてしまうことがあるのです。Wikipediaの"Music Licensing"という項目にある"Home Video"の説明(10/5現在)を見てみましょう。

 著作権で保護された音楽を用いたテレビ番組や映画がDVDでリリースされるとき、しばしばライセンシングの問題が起こることがある。ある曲がテレビ番組用に権利処理されるとき、そこで得られた権利は通常その番組の放送(airing)のみにしか適用されない。だから、その番組がDVDでリリースされる時には、曲をDVDに収めるために使用権を再交渉しなければならない。

 もしその曲の権利処理の費用が高すぎるか、もしくは原曲の著作権保持者が使用を拒否した場合には、該当する曲は通常似た感じの別の曲に置き換えられるか、またはその曲を含むシーンが編集でカットされる。中には、大量の曲を使ったためライセンシングの費用が高すぎるテレビ番組はDVDのリリースが見送られることもある(WKPP in Cincinnatiという番組がよく知られた例である)。テレビ・シリーズや映画の中も、同じ理由でリリースが遅れたり、キャンセルされてきたものが数多くある(例えば、Sony Entertainmentはこの理由により2007年10月に予定していたDark Skiesというテレビ番組のリリースを取りやめた)。

このように、Music Rightsはひとたび牙を剥くとコンテンツの2次展開を妨げるおそろしい制約力となります。しかも、その制約力の強さには国によって違いもあるようなのです。

身近な例で見てみましょう。日本でも人気を得た「Ally McBeal(アリーmy love)」というアメリカのテレビ番組があります。ご存知の方も多いと思いますが、ボストンで働く女性弁護士を主人公にしたコメディタッチのドラマです。この番組の魅力のひとつは、劇中の様々な場面で効果的に使われる60〜70年代のソウルやR&Bを中心にした音楽でした。でも、DVD化をするにあたってはこの音楽の権利が障害となっているのです。しかもアメリカとイギリスでは別の形で。

もう放送が終わっている番組なので、「Ally McBeal」はイギリスや日本では全シリーズを収録したコンプリート版のDVDが発売されています(イギリスのAmazon日本のAmazonを参照)。ところが、アメリカのAmazonを見ると、このコンプリート版は国内版の発売がなく、(恐らくイギリスからの)輸入版しか扱っていないのです。このページをご覧下さい。タイトルの後に、"Region2 Import"だとか"Non-USA Format"という注記があります*3

作品自体への評価はとても高いのですが、DVDへのユーザー・レビューを見ると、いくつか面白いコメントが書かれています。まず、アメリカのAmazonで売られている輸入版DVDへのコメントから抜粋します。

私は、この番組がDVDになるのをずっとずっと待っていた。でも、これがRegion1のフォーマットでリリースされることは決してないだろう…少なくともオリジナルの音楽を使っては(Music Rightsについては、多くの問題(issues)がある)。ラッキーなことに、イギリスではそんなに制約が多くないから、全体のシリーズをリリースしてくれた。やったー!

続いて、イギリスのAmazonでDVDを購入したアメリカのユーザーからのコメントです。

これは、ここしばらくで私が見た一番の快挙だ。アメリカでは、Music Rightsか何かのせいで、この番組は決してDVD化されて来なかった。Amazon UKから買えると知ったとき、私はものすごく興奮した。

このように、「Ally McBeal」はMusic Rightsの関係でアメリカではDVDになっていません。でも、イギリスでは一部の音楽が差し替えられているとはいえきちんとコンプリート版のDVDが発売されています。そして、イギリスで発売されたDVDをアメリカに輸入して販売することに関しては特に規制がかけられていないのです。何とも不思議なことです。

ここで疑問に感じるのは、なぜアメリカではMusic Rightsがこれほど強い権限を持っているのかということです。ラジオのネット配信などでは国際配信を簡単に許しているのに、なぜDVD化や(ここでは具体的には取り上げませんでしたが)一部のテレビ番組のネット配信などではMusic Rightsが時として制約要因として働いてしまうのでしょうか?

テレビ番組のオンライン配信について日米を比較する時によく言われるのが、「アメリカでは著作権をプロデューサーが一元管理しているからコンテンツのマルチ展開がしやすい」ということです。でも、上に挙げたようなMusic Rightsの制約的な働きを見る限り、この権利はプロデューサーの裁量権が及ばないところにあるように思えます。だとしたら、なぜMusic Rightsにはそんな位置づけがされているのでしょうか?プロデューサーによる権利の一元管理というのは、「コンテンツを可能な限りマルチ利用して収益を最大化する」ために生みだされた極めてアメリカらしい合理的な仕組みだと思います。それをコンテンツ流通の段階で実現する手法が先日取り上げたウィンドウ・リリース・システムです。そう考えてくると、Music Rightsがクリアできない(あるいはクリアするための費用が高すぎる)からテレビ番組や映画の2次展開自体ができない、というのはあまりにもアメリカらしくない(合理的でない)ことだと思えるのです。DVD化もできずに音楽の使用料も入ってこないというよりも、DVD化して使用料を得ることの方がテレビ局(あるいは映画スタジオ)にとってもMusic Rightsの保持者にとっても理にかなっていると感じるからです*4

Music Rightsのせいでコンテンツの展開ができないという話を聞くたびに、例えば、DVD化するときには売上の×%、ネット配信の際にはCM収入の□%を音楽の使用料として支払う、という取り決めを標準化することはできないのだろうかと思ってしまいます。でも、実際に今でもMusic Rightsを原因としたリリースの取りやめが度々起きているという現状がある以上、簡単にそうすることができない何らかの事情があるはずです。残念ながら僕はこの件に対する答えを持ち合わせていません。詳しい方がいらっしゃったら、ぜひご教示いただけると幸いです。

*1:国際展開を考えているHuluは、各国ごとに個別のHulu(Hulu UK, Hulu Japanといったイメージで)を立ち上げることによりこの問題に対処しようとしています。詳しくはこのエントリーを参照)

*2:元々、BBCによる過去番組のオンライン配信はラジオ番組から始まりました

*3:DVDは、不法コピーを防ぐという名目で世界をいくつかのRegion(地域)に分けています。通常の再生機は特定のRegionのものしか再生することができません。アメリカはRegion1,日本やイギリスはRegion2に属します

*4:番組の内容が気に入らなかった、あるいはそこでの音楽の使われ方が気に入らなかったから2次使用を許可しない、という選択はあるのかもしれませんが