パブリック・ラジオとSNS

昨日のエントリーで紹介したアメリカの公共ラジオNPR(National Public Radio)ですが、ちょうどこのラジオネットワークがソーシャル・ネットワーキングのサイトを始めたというニュースが昨日のArs Technicaに載っていました。

そのSNSサイトはこちらです。

この夏ごろから始まった、新聞社のサイトにSNS機能を持たせるという動き(例えば、New Yorks TimesのTimes People)にはあまりピンと来なかったのですが、NPRがこうした取り組みを行うのはわかる気がします(もっと早くやっていればよかったのにと思うぐらいです)。アメリカの公共ラジオにとって、視聴者とのつながりを強化してしっかりしたサポーターの基盤を作り保っていくことは、自らの存続に直結する問題だからです。

昨日も少し書きましたが、NPRというのは公共ラジオの全国組織です。自ら放送を出しているわけではなく、番組を制作し、それを各地にある公共ラジオの放送局に配信するのが仕事です。こうした公共ラジオ局はNPRの管轄下にある訳ではなく、運営はあくまでそれぞれの局が独立して行っています。

そして運営形式のほかにもうひとつ大きな特徴となるのが、税金や受信料といった形での公的な財政援助がほとんどないということです。NPRの場合は加盟局からの負担金や番組購入費などからもそれなりの収入があるのですが(2007年度では全収入の32%程度)、実際に放送をする各地のパブリック・ラジオの多くは個人や企業、財団などからの寄付金や会費(各局の「会員」となってお金を支払うことによって運営を支援する)が収入の多くを占めているのです。

例えば、KPCC, KPCV, KUORという南カリフォルニアの3局で構成されるSouthern California Public RadioのAnnual Report (PDF)によれば、彼らは収入の92%を個人、企業、財団からのサポートで賄っていますが*1、最大の収入源は個人(42%)です。リスナーと良好な関係を築いて会員になってもらうことは公共ラジオにとって極めて大事なのです。

だから、年に何度か、公共ラジオ局は「メンバーシップ・ドライブ」と呼ばれる1〜2週間ほどのキャンペーンを行い、会員と寄付金集めに奔走します。僕も1度それを体験しましたが、全放送時間の半分近くを割いて、番組内であろうがお構いなしに、手を変え品を変えながら支援を訴えるアグレッシブなPRには驚きました。自分たちはこんなに質の高い番組を放送していて、それがリスナーのためになっていて、でもその質を維持していくためには今回のキャンペーンで幾らを集めなくてはいけないという極めて論理的なプレゼンをキャスターが何度も何度も繰り返す傍らで、今日会員になるとこんな特典がついてくる*2とリスナーの心をくすぐりながら会員集めをするのです。公共放送とは言っても、自動的にお金が入ってくる仕組みがないと運営資金集めというのはこんなに大変なのかと思ったものでした。

公共ラジオが構造的に抱える課題は、フリーライダーになろうと思えば誰でもなれるという状況の中でお金を出してくれるリスナーを見つけなければいけないことです*3。こうした環境の下でリスナーから金銭的なサポートを受けるためには、公共ラジオは放送内容を充実させることに加えて、リスナーから「親近感」を持ってもらうことが鍵になります。実際、僕はKPCCの例しかわかりませんが、この局が制作した地元向けの番組を聴いているとリスナーとの距離の近さを感じます。公共ラジオには、地元の教育機関や教会などをベースに活動している、言わばコミュニティ・ラジオのような例がたくさんあります*4。そういう局は、もともと地域社会との結びつきが強い上に、徹底した地元重視の番組作りをすることでリスナーに親近感を抱いてもらおうとしているようです。

このような「公共ラジオとリスナーとの距離」は、緩やかな親近感で参加者が結びつくSNSとの親和性が高いのではないかという気がするのです。冒頭で取り上げたNew York Timesの例を再び挙げるならば、「New York Timesと読者の距離」は「SNS上で形成される参加者間の距離」とは隔たりがあるように感じられるのですが、もともと地域コミュニティとの距離が近い公共ラジオであれば、リスナーとの関係はそれがリアル世界のものであってもSNS上のものであってもあまり距離に隔たりがないのではないか、ということです。だから、NPRがSNSサイトを始めるという試みはいいポイントを押さえているなと感じます。すぐに効果が出るようなものではないでしょうが、上手く機能すれば、公共ラジオのファン層を広げ、ひいては多少でもその財政面を安定させることにつながっていくのではないでしょうか。

*1:企業や大学、財団などの支援は、純粋な寄付をすることもあれば、番組のいわゆるスポンサー的な位置づけ(番組の途中にはCMは入りませんが、番組と番組の間などには非常に宣伝臭の薄いCMが入ります。但し内容への口出しはしていないのではないかと思います)で支援することあります

*2:日によって、月々の会費が半額になったり人気作家のサイン本がもらえるというお得感に訴えかけるものや、会員が1人増えるごとに貧しい人たちへの食事が10食提供されるといったボランティア精神をくすぐるもの、あと×時間以内に50人の会員を集められれば篤志家が1万ドル寄付することになっているから協力してくれと訴えかけてくるものなど、感心してしまう程さまざまなパターンがありました

*3:政府や自治体によるサービスが脆弱な一方で個人によるボランティアや募金活動が盛んなアメリカだから成り立つ仕組みと言えるかもしれません

*4:KPCCはPasadena City Collegeという大学が拠点です