Netflixが結ぶテレビとネット配信とプレミアム動画

Netflixアメリカで来月からプレイステーション3向けのネット映像配信を始めるというニュースが報じられています(日経新聞の記事などを参照)。Netflixは1年ほど前からXBox 360でも同様のことを行ってきたので、そんなに目新しい取り組みとは言えません。でも今回の話を知り、Netflixはあまり目立たないところで「テレビとネット配信動画の橋渡し」を着実に推し進めているなと改めて感じました。

Netflixは1997年に創業し、オンラインでオーダーされた映画のDVDを郵送で貸し出すという新しいタイプのレンタル映画会社として急成長してきました。会員になってプランに応じた月会費を払うと、「一度に手元におけるDVDは●枚」という制限の中で好きなだけDVDをレンタルすることができます*1。一度に手元におけるDVDが1枚の場合は月々8.99ドル、2枚だと13.99ドル、そして一番高い3枚の場合でも16.99ドルです*2。そして2007年からは「Watch Instantly」という機能を加え、一部のコンテンツをネット経由でも視聴できるようにしました。Netflixのサイトによると(こちら)、現在DVDやBlu-rayのラインナップが10万タイトル以上、ネット配信は1万7千以上あり、今では上記の3プランいずれの会員でもストリーミング配信されるコンテンツを好きなだけ追加料金なしで視聴することができます。

DVDのタイトル数に比べるとネット配信されるコンテンツはまだまだ少ないのですが、それでも1年ほど前の1万2千程度からは大きく増えています。Watch Instantlyの紹介ページを見ると、地上波テレビの人気ドラマや「BOLT」「Seven Pounds」などの最近の映画なども含まれているなど意外とラインナップも充実しているようです。また、このページで「Over 17,000 choices instantly to your TV (17000以上の作品をすぐにあなたのテレビへ)」と謳っているように、ストリーミングの作品を積極的にテレビ画面に届けようとしているのがNetflixによるネット配信の大きな特徴です。こちらで対応機材が紹介されているのですが、PS3XBox 360といったゲーム機に加えてRokuのセットトップボックスやネット対応のテレビ・Blu-rayプレイヤー、Tivo、そしてそこには書かれていませんがBoxeeなどを使うことで、Netflixのストリーミング映像をテレビで見ることができるようになるのです。

興味深いのは、HuluやApple TVなどと比べてNetflixがあまり大きな苦労もなく「ネット配信」と映画やテレビ番組などの「プレミアム動画」、そして「テレビ」を結びつけているように見える点です。

例えばHuluは、コンテンツの提供者である地上波やケーブルテレビ局などから圧力を受けてネット配信するコンテンツをパソコン上に留めてテレビ画面には流れないようにしています(参考エントリ)。「プレミアム動画」を「ネット配信」と結びつけて無料で提供したことでHuluは大きな注目を集めてきましたが、それは少なくとも今のところ「テレビ」とは切り離されています。

Huluは最新のテレビ番組を翌日にはネットに載せています。そうしたコンテンツが一旦ネットを経由してテレビ画面に戻って来てオンデマンドで見られるようになると、テレビの広告に悪影響が出る懸念があるのです。減少傾向にあるとはいえ、今の段階ではひとつの番組がテレビ広告から得られる収入の総額は、その番組をネット配信して得られる広告の総額よりも格段に多いですから。

一方Netflixの場合はDVD化された後の作品の一部をストリーミングで流すのが基本なので、あまり広告は関係ありません。DVDやBlu-rayであろうとネット配信であろうと、要はNetflixから権利者にきちんとそれに見合ったお金が支払われれば問題はないはずです。だからあまり横槍も入らないのでしょう。DVDとネット配信の両方でレンタルを手掛けるNetflixは、両方をひっくるめて権料の交渉ができるというメリットもあるのかもしれません。

また、Apple TVのコンセプトには「ネット配信」「プレミアム動画」「テレビ」がいずれも含まれますが、この機器を使ってiTunesの動画などをテレビに届けようという試みはあまり上手くいっていません。それは、Apple TVの価格の高さに加えて、Appleが自社の製品とサービスの連携にこだわりすぎているのも一因だと思います。それと比べて、すでにアメリカで何百万台も売れているゲーム機や80ドル程度で入手できるRokuなどを利用してネット配信される動画コンテンツとテレビの間を橋渡ししようというNetflixの戦略は成功へのハードルがずっと低いように感じられます。

もうひとつ「ネット配信」と「プレミアム動画」、「テレビ」を結びつけようとしているサービスがあります。ケーブルテレビ業界の「TV Everywhere」計画(参考エントリ)です。実際、有料会員になっている人のみにネット配信へのアクセスを許可するというと仕組みはNetflixとよく似ています。でも、両者は月々の会費の額が大きく違います。数百チャンネルをパッケージングして加入者に販売するケーブルテレビはネットやIP電話を含まないテレビ分だけで毎月50〜100ドル程度かかることが珍しくありませんが、「単品貸し出し」が基本のレンタルビデオの世界に月会費の概念を持ち込んだNetflixは上に記したように月々8.99〜16.99ドルです。もちろん、両者は提供しているコンテンツの種類や性質が違いますので(例えばESPNのスポーツ中継のようなものは基本的にNetflixでは扱われません)、月会費だけを見てどちらが優れているのかを判断することはできません。ただ、ケーブルテレビ業界が加入者数の減少に戦々恐々としている一方でNetflixは会員数、売上、利益をともに昨年から大幅に伸ばしている(CNET Japanの記事などを参照)のを見ると、勢いの差は明らかです。

このように、あまりこの点には注目が集まっていないように感じられるのですが、Netflixは「ネット配信」と「プレミアム動画」と「テレビ」を結ぶ上で非常に大きな役割を果たしているプレイヤーです。今後のテレビとネットの関係を見極めるうえで、この会社の動向は大いに参考になると思います。

*1:それを参考にした仕組みは日本でもツタヤのDISCASぽすれんなどによって最近普及し始めてきています。

*2:この他に、一度に1枚でかつ月に2枚までという限定プランがあり、4.99ドル/月で利用できます。